飼い猫には鈴を

3/3
前へ
/3ページ
次へ
「え? 想思……」  なにか言いかけたのを無視して、にこっ、と、女のひとに向けて笑う。 「心配せんでええですよ。そちらのねこさんやなくて、もう一匹おった方が、引っかいとるんで。なんも、気に病む必要はないです」 「え? もう一匹、いたんですか」 「そですねえ。彼氏さんやと思います」  先ほどまでとは別人のような、営業スマイル。 「でも、早めに手当せんと、今日のおゆはんづくりに差し支えるんで、これで失礼させていただきますねえ」  強く、恋顧の手を引く。 「最後にいっこ、質問良いですか」  朗らかに発された問いに、女のひとはなぜか、一歩後退する。  横髪に隠れ、恋顧からは、想思の表情は確認ができなかった。 「は……はい」 「その首輪の鈴、どこで買いました?」  彼女はほっとしたように、とある専門店の名を口にした。 「おしゃれだったので、わざわざ選びに行ったんです」 「ありがとうございますう」  もう、滅多にまた会うこともないかなと思たんで、聞いとかななあと。  さらりと、言い放つ。 「物騒な事件も最近は多いから、ねこさんの管理、気をつけてくださいね。悪い虫がつかないように」  ほな、そういうことで。  背を向け、歩き出す。  恋顧はぺこりと頭を下げ、それに続いた。  女のひとはネロを抱き上げて、その後ろ姿を、じっと見守っていた。        ◇ 「痛えよ」 「…………」  帰ってきてすぐ、想思は恋顧を引っ張り、洗面所に向かった。  じゃぶじゃぶと流水で傷を洗い流されながら、不平を洩らす恋顧。 「もう、大丈夫だから――」 「脱脂綿も買ってこなな」 「聞いてる?」  想思が、表情をぴくりとも動かさないまま、彼へと、視線を留める。  数秒の、間。  はッ、と、嘲笑するように、口をゆがめて言う。 「アホなんか? お前」  恋顧は意味がわからないと言わんばかりに、眉をしかめた。 「どうしたんだよ……。さっきまで、にこにこしてたじゃんか。おれ、なんかした?」 「別にい」  語尾をわざとらしく間延びさせ、 「あの鈴、かわいかったな」 と、真黒な目を、きゅうっ、と細めた。 「お前の首にも、付けとかなあかんかな」  濡れたつめたい手が、恋顧の首をそっと、掴む。  片手の中に、すっぽりと、ほとんど収まってしまう細い首。 「いや、なんでだよ! おれ、ねこじゃなくて、人間だし」 「ふふ」  想思は微笑む。  低い声。  今度は手を、彼の頭に持って行く。 「かわいい飼い猫やって、ちゃんとわかるようにな」 「?」  恋顧はただ、不可解そうに、唇をねこみたく曲げていた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加