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そんな喜助も、お菊が大きくなっていったこともあり、子守から解放されると店の仕事に入っていく。
物覚えも良く、分らないことは先輩にしつこいくらい聞き回る。そんな様子が主人にかわいがられることになり、文字も教えられる。
二十歳で手代となった喜助は、それから二年、先輩の手代を追い抜くような仕事ぶりには、番頭からも認められると店の中心となって働くようになっていた。
ある日のこと、主人と番頭がお得意さんのところへ品物を持参して商いをすることになって、喜助と先輩の手代・藤造とで留守を預かることになった。藤造が主に客の相手、喜助が帳場を任される。
大商いを終えて、どこかで飲んできた主人は、番頭とともに機嫌よく帰ってきた。その晩、番頭が帳簿と売上金を確かめたら、金が足りないことが判明した。
それを聞いた主人は、小僧や女中に誰が帳場に座っていたのか確認した。番頭から伝えられたその金額がさほどのことでなかったこともあり、また喜助の日ごろの行いからして、めったなことはしまいと事を荒立てるようなことはしなかった。
そんなことがあってから二十日後。また金が一両二分ほど足りないことがあった。
一両二分といえば、長屋住まいの親子三人が、贅沢をしなければひと月くらい暮らしていける金である。
その日もたまたま大事な得意さんが見えて、主人と番頭が客間で応対。店番を頼まれたのが喜助であった。
二度目となると、これは放っておけない。
主人が喜助を呼んで状況を聞きこむと、「昼過ぎに、客がこの間買った反物に穴があったと言ってきたので相手をした」という。その時、外から帰ったきた藤造に帳場を頼んだということであった。
それを聞いた主人は、前の件についても女中たちから詳しく話を聞き直した。その時も喜助が厠に立った時、藤造が短い時間であったが帳場にいたことがあったという。
主人が藤造に確かめたところ、はじめは否定したがようやく白状したので追い出した。
本来であれば番所に突き出すところであったが、店にとっては一両、二両の金などびくともしない。それよりは、身内から縄付きが出たことが世間に広まれば、店の信用に傷がつくと考えことであったのだろう。もちろん長年、店に勤めてくれたという主人の恩情があった。
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