喜助とお菊

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 お菊が五つになったある日のこと。  男の子の真似をして神社の楓の木に登る。喜助が危ないからやめてと言っても聞かない。  上ったところにあった細い枝に体を移すと、その枝がぽきんと折れお菊が落ちる。子供の背丈ほどの高さで、下で喜助が受け止めたので大事に至らなかったが、落ちる時に枝に引っかけたのか、腕に傷ができ血が流れた。喜助はお菊を抱きかかえて大急ぎで店に帰る。  お菊の母親は狂ったように泣き叫ぶ。  手当が済むと、「こんな役立たず、暇を出してしまえ」と怒るところを、主人が「大事に至らずよかった。聞くところによるとお菊のわがままがあったようだ。許してやろうじゃないか」となって、なんとかその場はおさまった。 「今度同じようなことがあったら、その時はただでは済まないからね」  お菊の母親に鬼の様な顔で睨まれた喜助は、恐ろしくて縮み上がったことをいつまでも覚えていた。  その様子をそばで見ていたお菊は、さすがに心を入れ替えたのか、今までのお転婆を封印し、すっかり物わかりの良い娘になっていった。  そのことがあってからというもの、お菊は喜助を自分の兄のように慕い、まるで別人のように喜助の言うことに、何でも「はい」と聞くようになった。そして「大きくなったら喜助のお嫁さんになる」とまで。  喜助は、あまりの変わりようが信じられなかったが、その言葉を聞くととてもかわいいと思うのであった。  その年の秋祭り、近くの神社についていった喜助は、お菊が鳥居の横でつんでくれた彼岸花を持ち帰る。それを見たおかみさんが、「こんな火事花なんか家に持ち込んで、なんてことするの」と花よりも真っ赤な顔をして、喜助を叱りつける。喜助が「ごめんなさい」と泣いて謝っても許してくれない。  その時、横から「あたしがつんだ」と助け舟を出してくれたお菊の言葉を聞いて、ようやくその場が収まった。
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