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「今日の夕方は来るかな」
そんな独り言を漏らして、私は子猫と戯れた。こんなに小さいうちからこうして私たち三人に触られているからか、人見知りはなさそうな子だった。触られることを嫌がらないところは、リリアも一緒だった。私と夫がそれはそれは小さいうちから抱っこしまくっていたからだろう。あの頃は私はまだ仕事をしていなかった。してもしなくてもいい、と夫に言われていたのでなんとなくそのうち始めればいいやと仕事をしていなかったのだ。日中もひたすら猫と触れ合える時間は、私の中で最重要事項になっていた。夫とは、触れ合う機会も随分と減っていたからだった。人は長く一緒に居ると、触れ合うことも減ってしまうものなのだ。それでも行ってらっしゃいのキスだけは、今も欠かさずしている。義務というわけではないけれど、これをしなくなったら本当に私たちは冷めてしまうとどこかで思ってもいたのだった。
その日の夕方、彼らは平然とした顔でやってきた。
「朝、寝坊しちゃったから来れなかったの」
沙織ちゃんはそう言ってごめんなさいと言った。悪いとは思っているようなのは分かるけれど、私は思い至ってしまう。頼っていいと言ったがために、彼らはもう私に責任を渡してしまったのだなと。そういう未来を、私は想像していなかったからか、それが切なく感じてしまった。生き物を育てるということはそういうことではない。沸々と怒りがこみ上げた私は、彼らに告げたのだった。
「うちで飼うことに決めたわ」
私は自分でも驚くほどきっぱりとそう言っていた。
「だから、もうここへは来なくて大丈夫」
冷たく聞こえてしまっただろうか、そう思ったけれど口に出してしまった以上はもうどうにもならなかった。
「え、もう会えなくなるの」
沙織ちゃんはとても純粋な目をして、私にそう聞いた。その瞳は本当に、偽りのない色をしていた。
「本当に会いたいなら……たまにはうちに来ればいいわ」
私は思ってもいないことを言ってしまったと思った。急に可哀想になってしまったのだった。人間とはどうしてこうも心に左右されるのだろう。そんな不思議な心持ちだった。
「行っていいの?」
そう言ったのは和生くんだった。彼がそう言って、私に意思表示をしたのは思い返せばこれが初めてだった。
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