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その日は珍しく、女の子が一人で来ていた。男の子は一緒ではないようだった。
「みいちゃん、今日はかずくんいないの、ごめんね」
そんなことを子猫に話し掛けていた。彼らを見つけてから半月が経っていた。今のところ、彼らは毎日朝と学校帰りに寄っては、子猫にミルクを上げている。けれど、本当はミルクを薄めてあげないといけないことを知らないようなので、私は彼らが去った後にいつもそのミルクを薄めてあげることにしている。飲み終わるまでは待てないのか、いつも彼らはそそくさと帰っていく。門限があるのかもしれない、といつも思っていた。お陰で、子猫のためにミルクを薄めてあげられるので私はホッとしていた。
本当はこんなことをしている場合ではないのだけれど、気付けば仕事が本当は休みの日でさえここに来てしまうようになった。休日も外に出るようになったことを、夫はホッとして見ているようだった。私がふさぎ込んでいたのを一番近くで見ていたのは夫だった。だから、心配を掛けないように仕事に行ったふりまではできるようになっただけでも、本当はすごいことだと私は言わざるを得ない。
「かずくんと喧嘩しちゃったの」
女の子は子猫に話し掛ける。男の子が来ていないのは予定があったのではなく、喧嘩が原因らしい。
「クラスでね、黒板に相合傘が書かれてて。かずくんと私の。それで、こんなやつと一緒にすんなってかずくんが怒っちゃって…私は恥ずかしくて何も言えなくなっちゃって。……どうしたら良かったんだろう」
私はその言葉を聞いたとき、なぜか彼女の方に足を向けてしまったのだった。
カサッ――その音を聴いたときの彼女の驚いた顔は相当なものだった。怒られるとでも思ったのだろうか。息を飲んで私を見る少女に、私は安心させるように笑い掛けてみた。この時、笑顔を作れたことを私は本当に驚いていた。
「可愛い子ね」
私の声は、震えてはいなかっただろうか。
「誰……ですか」
女の子は、ただただ怯えた顔をしていた。
「私は一花っていうの。猫は好き?」
私はただ、彼女が少しでも落ち着けるようにと言葉を選んでいた。
「……好き。いちか……さんは、怒らない?」
「どうして怒るの?理由がないわ。猫、私も好きなの」
私は本当のことを言った。猫は本当に好きなのだ。心から好きだと言える。ただ、それはトラウマとの闘いでもあった。
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