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「……お姉さん、この子飼えませんか」
言葉を選んだのか言い淀んでいるのが分かった。自分でも飼いたいのをぐっと堪えたのだろうなと思ったら、胸が熱くなる思いがした。
「……まだ、飼えないの」
逡巡して、私はそう答えた。心の準備も、夫との相談も、何一つとしてできていないから、「まだ」としか言えなかった。
「まだなら、そのうちなら飼ってくれる?」
少女は懇願するような瞳をしていた。この歳でも、こんな生活が続けられるわけではないことを気付いているようだった。私はそのことにすこしだけ感動した。人は小さなことにも感動できるようになるには、一定の年齢を越えなければいけないようだ。
「じゃあ、それまでは一緒に面倒見ようか」
暗に”飼えるよ”と言ってしまったことに私は驚く。それでも、すぐには飼えないことだけは分かっていた。私の心の準備が、まだできていなかった。それでも、いつかは…と私も考えてはいたのだ。
「ありがとう」
彼女はなんの疑いもなく、私を受け入れてくれたようだった。子供は疑うことを知らない。そのことをすこしだけ心配になったが、私は彼女のその心がずっと続きますようにと願ってしまった。人は、人を知る度に、疑う心を知っていくのだ。そのことは、自身が体感していた。それを私は切ないことだとも思っていた。騙されたり、陰口を叩かれたり。そういったことは往々に出てくる。いつかは彼女も染まってしまうのだろうか。
「いいのよ、私もよくここには来ていたから」
それからだった。私が、あの出来事以来、夫以外の人と関わるようになったのは。
翌日は、男の子もやってきた。すこしぎこちない二人を、私は微笑ましい気持ちで見ていた。揶揄われるだけで、子供はすぐに距離を置いてしまうのに、彼らはそれでも関係を修復しようとしているのだ。その瞬間に立ち会えることを、私は幸福だと感じていた。
「一花っていうの。お名前、聞いてもいいかしら」
男の子にそう聞いた。前日に、少女の名前が沙織であることは聞いていた。地面に書いてもらって、漢字もちゃんと頭に入っていた。
「かずき」
不機嫌そうな男の子は、それだけ言った。沙織ちゃんがまた地面に彼の名前を書いてくれたので、和生という漢字も把握したのだった。名前というのは、文字があって名前なのだ。親が最初にくれたその愛情を、この子たちは知っているんだろうか。それとも、ただの記号なのだろうか。
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