やすらぐ

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「……子猫が捨てられていたの」  猫――この言葉は、あの日からずっと禁句になっていた。 「えっ」  夫はそれはそれは驚いた顔をしていた。 「白黒の子でね。……リリアとは違って、目がくりくりしてるの」  信じられないという顔で、夫は私を見ていた。私が次になにを言うのか、もう分かっているようだった。それもそうだろうけれど。 「今ね、小学生の子供二人がこっそりお世話してるんだけど……うちで飼えないかなって」  それを言うことに、どれほどの勇気がいったかはいくら夫と言えど計り知れないだろう。いや、それでも分かっていたかもしれない。 「……いいのか。だって」 「いいの。あの子を育てることで、なにか吹っ切れる気がするの」  夫の言葉を私は遮った。その言葉を聞くのは、私にはまだ勇気がいるのだ。どうしても、どうしても。 「一花がいいなら、俺はいいよ。幸い、猫を飼うのに必要なものはうちに全部揃ってるしな」  そう。全部、捨てられなくて取ってあるのだ。あれから一ヶ月近く経つのに。  夫は私の頭をぽんぽんと撫でてから、お風呂に向かっていった。彼の心配はいつになったら解消してあげられるのだろう。私はそう思いながら、夕飯の支度にとりかかったのだった。  翌日、神社の境内で彼らを待っていた。今日言うかはまだ決め兼ねていた。私は本当にまた、生き物を飼うことができるのだろうか。その自問自答の時間はどれくらいだっただろう。気付いたときには、時計は八時半を回っていた。学校に行く前に寄るはずの彼らがここを離れていく時間を越えていた。 「あれ」  私は首を傾げた。待てど暮らせど、彼らは来ない。そして私は思い至ってしまう。子供は飽きるということに。楽しいことなど一瞬で、責任という言葉をまだ彼らは本当の意味で知らないということに。彼らは、子猫を育てるということに飽きてしまったのかもしれない。もしかしたらなにかあったのかもしれないけれど、二人揃って来ないなんてことがあるだろうか。いや、二人揃って事件でもあったのかもしれない。そんな嫌な想像もしてしまった。前者なら切ないし、後者ならショックは計り知れない。関わってしまったからには、彼らにもまた健やかに育ってほしいと願ってしまう。私みたいに病んでしまうことなく、ただただ健康に生きてほしいと思う。
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