運送屋

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とある寒い北の国、美しいオーロラが輝く夜空のもと、運送屋たちが(つど)っていた。彼らは自分たちの仕事について熱く語っている。 「この業界も昔と比べれば遥かに仕事が楽になったな」 「そうですね」 「例えば、『誰が何を欲しがっているのか?』はSNSですぐに分かる。届け物とのマッチングはバッチリだ」 「ついついつぶやいちゃいますね。あれが欲しい、これが欲しいって。そのおかげで私たちは人々の欲しいものが分かります。ネット時代さまさまです」 「しかも住んでいる場所を特定できるぞ」 「つぶやきや写真で行動範囲が絞れますね。投稿した写真の背景から家の間取りも分かるらしいですよ。もはや個人情報がダダ漏れ。実に恐ろしい社会になったものです」 さらに配達方法の変化も運送屋に影響を及ぼしていた。 「もう配達のとき、高く狭いところからこっそりと侵入する必要はない。あれは危険極まりないからな。俺もやめるべきだと思っていた」 「便利な世の中です。家の中に届けなくても荷物は置き配で良いんですからね。今の運転手たちは本当に楽ですよ。玄関先に荷物をポイしてくればオッケーです。再配達も不要!」 運送業界は2024年問題を抱えていた。働き方改革として労働時間が短くなり、輸送能力が低下する。つまり、運転手が足りないのである。 「だけど、その運転手が集まるかどうかだ」 「深刻な人材不足らしいです」 「時給アップで募集しているのになあ」 「給料が上がるなんて本当に羨ましい限りです。私たちは全く待遇が良くならないと言うのに。は〜ぁ」 暗い空間に白い気体が漂う。思わずため息が出てしまった。彼らは日頃の不満が溜まっていた。 「俺は給料よりもこまめに休憩を取りたいな」 「1時間走ったら10分の休憩時間が欲しいです」 「実際、そのくらいの余裕はあるだろう。荷物は朝までに届ければ良いんだし」 「そうなんですよ。でも、早く帰りたくて休憩無しの運転手もいるんです」 「なかなかブラックな奴だな」 「自分勝手なんです」 「俺たちからすると荷物の重さも考えて欲しい」 「あの人たちは平気で重量オーバーしますよね。こっちの気持ちも知らないで」 「俺たちのことなんて全く考えていないさ」 「愚痴をこぼしても仕方がないですけどね…」 しばらく沈黙が訪れる。憂鬱な雰囲気で空気が淀んでいた。気分転換のために話題を変える。 「そういえば、そりがドライカーボン製に変わったらしいな」 「へぇー、ステンレス製からドライカーボン製に変更ですか。かなりの軽量化では?」 「だけど、傷が付いたら修理費は俺たちの給料から天引きされるって話だ。お前もぶつけないように気をつけろよ」 「それはとても高額になりそうな予感。恐怖でしかないです」 話している者たちはどちらも大柄で筋骨隆々。力持ちで体力もありそうだ。全身は厚い毛皮に覆われている。 「おい、知っているか。荷物が破損しているときのクレームは俺たちがツノで刺したことにしているんだぞ!」 「えーっ、それは酷いです。冤罪じゃないですか!」 「だから労働組合が掛け合って、今年はドライブレコーダーが採用になった。360度常時録画するやつ。もしも何かあったら録画の映像を見るんだ」 「なるほど。それは安心ですね」 「この業界は何でも現場に任せっきりだ。本来はしっかりとした運転手教育が必要なんだよ」 「もう私たちが運転手を育てるしかないです」 「そうだな。クリスマスまであと1ヶ月しかない。未熟なサンタたちをビシビシ鍛えてやろう。さあ、行くぞ!」 「はい」 ザクザクザク。降り積もった雪の上には2頭のトナカイが歩いた蹄の跡が続いていた…。
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