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結婚を誓う相手が運命の相手とは限らない
ずっと続くと思っていたその恋は…最後の恋になっていただろうその恋の出会いは、どこにでもある仕事先の店長とその従業員の関係だった。
わたしがその仕事先『カフェ・ルナーレ』の求人を見たのは、たまたまそのカフェに一人でランチをしに行ったときだ。求職中だったわたしは、求人を見るとすぐに近くにいた店員さんに求人を見たことを告げ、担当者を呼んでもらった。そして後日、面接をすることになった。
面接日当日、少し早めにカフェについた。
「こんにちは。面接で伺った小林ゆいと申します」
すると、奥の席に案内された。待っていると店長らしき男の人が挨拶をしてきた。
「このカフェで店長をしている中村一樹です。今日は面接に来ていただいてありがとうございます」
「こちらこそ今日はよろしくお願いいたします」
(なんか大きい男の人だな…)
これがわたしの初めの感想だった。そして、この日からすでにわたしたちの恋は始まっていたのかもしれない。
ここで仕事をすることになったわたしは、制服や髪型、勤務時間等の説明を受け明日から勤務することになった。
(明日からここで働くのかぁ、楽しみだな!)
自宅からさほど遠くないこのカフェについたのは開店前の10時。少し緊張しながら店内に入って行った。
「おはようございます!今日からここで働くことになりました、小林です。よろしくお願いしまーす」
すると、その場にいた店員さんたちが、それぞれに簡単な挨拶をしてくれた。
(みんな優しそうな方ばかり。よかったー)
先輩の石倉さんは、わたしのお母さんくらいの年くらいの方で、丁寧に仕事を教えてくれる。厨房のほうへ行って洗い物をしていると、店長が話しかけてきた。
「改めまして…中村です。よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
このとき、わたしには何かが起こる予感がした。まさかこの人と結婚を誓う仲になろうとは…。
仕事もなんとか慣れてきた頃、中村さんとの仲も少しずつ近付いて行った。わたしは、店長という好きになってはいけない相手を好きになってしまっていた。そして、それが両思いだと気がついたときには、すでに二人の恋は始まっていた。
お互いの気持ちはわかっていても、石倉さんや他の従業員の人たちにバレてはいけない。秘密の恋になった。そして、中村さんから想いを伝えられるのも時間の問題だった。すでに下の名前で呼ばれていたわたしに…
「ゆいのことが好きだ。俺と付き合って」
「わたしも中村さんが好きです」
「やった!マジでドキドキしたー」
と言って、180㎝超えの身体で150㎝にも満たないわたしの身体を抱き寄せた。
「く、くるしいーよ。中村さん…」
「やだー。もぅ離さないよ、ゆい」
と笑って離れたかと思うと、中村さんの口がわたしの口をふさいだ。
二人は恋人同士になった。だが、店長という立場上他の従業員に知られるわけにはいかない。嬉しい反面、緊張の日々が続いた。二人で会うのは、仕事が終わった後がほとんどで、たまたま休みが同じになったときくらいしか外で会うことは無かった。それでも二人は楽しかった。わたしはすでに30歳、中村さんは35歳…もう若くない二人は最後の恋にしたかったのだ。
初めてデートをしたのは、水族館だった。そして今日こそは大人の夜になるのかとソワソワしていた。きっと中村さんもそう思っていただろう。でも、なぜか予定よりちょっと早い生理がきてしまった。
(マジかぁ…中村さんに何て言おうかな)
わたしは女子トイレで一人、言葉を選んでいた。あまり遅いと変に思われる。外に出ると中村さんが待っていた。
「あのね…」
「ん?どした?」
「なんか、生理来ちゃって…」
「まじか。大丈夫?」
「うん。大丈夫なんだけど…でも…」
「でも?」
「せっかくのデートだったのに、なんかごめん」
察した中村さんは、すかさず言った。
「あ、もしかして気にしてた?全然大丈夫だよ。なんだそんなこと気にしてたのか、ははは」
「もぅ!だって、なかなかデートできないし…」
「そりゃ、俺だって男だし、ゆいのことが好きだからいつだってそうなりたいと思ってるよ。でも、今日じゃなきゃダメってわけじゃない。だから待ってるよ」
「ありがと…」
「よし、じゃまだまだ今日を楽しもう!」
(本当に今日はごめん。わたしもがっかりだー)
次のデートは、思っていたよりも早くやってきた。声には出さなかったものの、お互いに今日こそはと思っていた。ショッピングを楽しんだ二人は、そのそのまま朝まで一緒に過ごした。
「ゆい…愛してるよ。俺はずっと一緒にいたい」
「わたしも大好きだよ」
それから誰にも知られることの無いまま、何年かが過ぎた。でも、少し油断するとバレるのも時間の問題となってきた。それでも仕事終わりの二人の時間は大切な時間になっていた。
「今度のデートはどこがいい?」
中村さんに聞かれたわたしは、
「隣の県にある、女子に人気の洋館に行きたい!」
「じゃ、そこに決まりだね」
「やった!楽しみ」
デート当日、二人は隣の県の洋館に向かっていた。
「今日行くところはね、貸し衣装もあって自由に写真も撮れるんだって。中村さんも一緒に着ようね!」
「わ、わかった。貸し衣装かぁ」
しばらく車を走らせ、森を抜けると見晴らしの良い高台に綺麗な洋館があるのが見えてきた。
「うわー。すごいすてきな洋館!」
わたしは車を降りると、中村さんの手を引いてワクワクしながら館内へ入って行った。さっそく貸衣装を借りる手続きをし、それぞれに衣装を探した。
(いっぱいあって迷っちゃうなぁ…)
わたしは淡いピンクのロングドレスを選んだ。中村さんはすでに着替えてわたしを待っていた。ちょっと照れながらわたしが更衣室から出て行くと…
「ゆいー!すごく似合うよ、きれいだ」
「もぅ、はずかしいよ」
中村さんは、グレーのタキシードを選んでいた。長身でスタイルの良い中村さんはいつもよりかっこよく見えた。
「中村さんも…すごくかっこいいね。ちょっと惚れ直したかも」
と、笑ってみせた。中村さんも照れていた。すると、記念撮影の順番がきた。二人で並んで写真を撮ってもらうと、それはまるで未来の結婚写真のようだった。
撮影が終わると、中村さんが囁くように言った。
「今日は、いつの日かくる結婚式の練習だよ。
ゆい…俺たち、結婚しようね」
「え?」
突然のプロポーズに、言葉が出なかった。
「聞こえなかった?俺と…結婚して下さい」
「はぃ!ちょっとびっくりしちゃって…でも、嬉しい」
「よかった!やだって言われたらどうしようかと思ったよー」
「こちらこそよろしくです!」
(突然プロポーズなんてびっくりしちゃったー)
楽しい時間はあっという間で、また明日お店で会おうと、中村さんが自宅まで送ってくれた。
(プロポーズかぁ…結婚かぁ。まだまだ先の話かと思っていたけど。またドキドキしてきちゃた~)
昼間は一緒に仕事をして、仕事が終わってからは少しだけの二人の時間を過ごす。最近では、わたしの自宅でその二人の時を過ごすことが多くなっていった。二人の仲はますます深まっていった…が、そうなってくると噂が広まるのも時間の問題だった。
カフェの店長とは言っても、チェーン店の数ある店舗の中の1つ。噂を聞き付けた本社の人達が、噂の真相を中村さんに聞きに来ていた。事実を認めた中村さんが出した答えは、辞表を出すことだった。
「仕事辞めちゃっていいの?」
わたしが訪ねると、
「もともと時期が来たらここを辞めて、自分の店を出すつもりだったから。これでいいんだよ」
「そっか…一緒に働けないのは寂しくなるけど、やりたいことがあるなら応援する」
「ありがと。ゆいならそう言ってくれると思ってたよ」
(自分のお店かぁ…いつかわたしも一緒にやりたいな)
わたしは、ますます中村さんが好きになった。いつか自分のお店を経営する中村さんと、人生を共にすることを夢みてー。
それから数ヶ月後、わたしもカフェを退職した。そして、紹介で始めた営業の仕事に転職した。中村さんも、夢を叶えるために動き始めた。今までよりも会う時間が増えた二人は、ますます結婚を意識していった。
いつの日か、このカフェが楽しかった二人の思い出の場所になりますように…。
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