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いきなりで悪いけど、ちょっと俺のヒーローについて語らせて。
あれは熱中症警戒アラートが発表された、うだるような夏の日だった。
元気な太陽に気力を削がれながら登校していると、数歩前を歩く人が急にバタンと倒れた。
え、えぇ〜マジか、どうしたら良いのコレ。助けを求め辺りを見回しても、目が合った人達は気付かないフリして通り過ぎて行く。もしかして、俺が何とかしないといけない感じ?
熱中症、だよな? なら冷やして……いや、違う病気の可能性もあるか。とりあえず110番、119番だっけ? 俺救急に掛けた事ないんだけど、何を伝えればいいんだ。そもそも熱中症で救急車って呼んでいいんだっけ?
ヤバい。ヤバい、わかんない。汗がこめかみを伝い、携帯を握る手が震える。音が遠ざかって手元の液晶画面しか見えなくなった。街は人で溢れてるはずなのに、俺だけが取り残されているような錯覚に陥る。
ぐるぐるする思考が暑さと混乱で焼き切れ、「もう俺も逃げていいかな」なんて最低な事を考え始めた時、
「これ持ってて」
目の前を“赤”が横切った。
投げられた派手な柄のリュックを慌ててキャッチすれば、赤髪の男は荷物の行方も確認せず倒れた人に駆け寄った。「大丈夫かー、話せる? ……あーおけ、無理しなくていいよ」短く会話した男は、次いで周りの人に呼び掛ける。
「そこの花柄スカートのお姉さん、救急車呼んで。スーツのおっちゃん二人、この人を涼しい所に運びたいから手伝ってくんない? 仕事なのわかるけどさ、命関わってんだから頼むよ。人命救助に文句言う上司なら俺が殴ってやっから」
制服を着ているから学生だろうに、テキパキと自分より年上の大人へ指示していく。男の登場により、あれだけどうしようもなかった場面が一気に流れ出した。
コンビニの休憩室を借りて身体を冷やし、水分と塩分を取らせる。すると荒かった呼吸は次第に落ち着いてきて、救急車が到着する頃には意識が戻ってきた。掠れた声で紡がれた「ありがとう」に、心が震えたのは俺だけじゃないはず。遠ざかる白い車体を見送る応急処置メンバーは、皆一様に晴れやかな表情で解散して行った。
「君は凄いね」
「貴方の声で、皆が動いたのよ」
最後に彼を褒めるのを忘れずに。あぁ、だって本当に凄いもんな。それに比べて……。
俺はぎゅうっと力を込め、握っているのが自分のリュックでないと気付き急いで離す。ダッセぇ、俺。同年代くらいの奴がこんな動けてるのに、ほぼ突っ立ってただけだった。あの人の後ろを歩いてた俺が真っ先に行動すべきだったのに。
「持っててくれてサンキュ。お前も早く学校行きな、遅刻は確定だけど」
「あっ……その、ごめん!」
スルリとリュックが抜き取られ、去ろうとする背中へ咄嗟に出たのは謝罪だった。
「は? 何で謝ってんの」
「だって、俺、何も出来なかったし」
情けなくてうつ向くと、そんな暗い空気を吹き飛ばすように男が笑った。近付くスニーカーが視界に映って、丸まっていた肩をトンッと叩かれる。思わず目線を上げた先で、切れ長の瞳がニッと弧を描いた。
「困ったら助けを呼べば良いんだよ。で、助けられる奴が助ければ良い。誰かに助けて貰ったら、今度は自分が出来る範囲で誰かを助ければ良い」
ドクン
鼓動が耳元で聞こえ、それを皮切りにうるさいほどの雑音が耳に入り込んでくる。行き交う人の声、車のエンジン音、街頭広告、止まっていた世界がようやく動き出す。いやこれは、前よりも、もっと……。
猛暑をもたらす太陽は、ギラギラと容赦ない輝きを放っている。けれど俺には、目の前の彼の方がよほど輝いて見えた。
「そうやって世界回して行こーぜ」
これが俺のヒーロー、佳室 条士郎との出会いだった。
佳室が同じ学校で、校内でも有名な不良だと知るのは間もなくの事。そして彼と同じクラスになるのが8ヶ月後の事だ。
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