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3.婚礼の夜
翌日、祥永は平然と花嫁の席に座っていた。何も知らない侍女は祥永の美しい花嫁姿に誇らしげな顔をして、事情を知る文官は顔色が白くなっている。
肝の小さい男だな。まあ殺される予定の姫についてきたはずが、想定外に結婚するとなったら仕方ないか。
祥永は喬国から持参した真紅の花嫁衣裳に身を包み、結い上げた髪にはいくつもの簪が揺れている。
隣りにはやはり盛装した虎征が静かに座っていて、初めて夫となる虎征の素顔を間近に見た。
虎征は濃い茶色の髪に琥珀色の目をしていた。喬国人にはない不思議な色合いの髪と瞳に祥永はハッと目を瞬いた。
異民族の国主は太い眉に切れ長の目をした凛々しい顔立ちで、美男子と言ってよかった。
噂ではずぼらだの阿保だのと散々な言われようだったが、そんなふうには見えない。大柄な体はしっかり鍛えられていて、剣も弓もかなり使うだろう。
案外、頼りになる国主なのでは? 周辺国との小競り合いが多い樺国では武力に優れた男が求められるだろうし。
祥永の考えなど知らぬ相手は、琥珀色の瞳でじっと祥永を見つめ返している。
ここでの婚礼はかしこまった儀式はほとんどないようだ。王宮の広間に虎征と並んで座り、祈祷師の祈祷を受け、小さな盃で酒を飲んだくらいで終わった。
あとは親族や重臣たちが一同に集まって食事をする。
一人一人に膳は用意されているが広間の一角には大鍋と炭火が用意されて、大鍋では猪と野菜と茸が煮込まれ、その隣で鹿や山羊が丸焼きにされていた。炙り焼いた肉を好きなだけ取って食べていいらしい。これまで見たこともない豪快な料理に祥永は目を丸くした。
一方、樺国の人々は、蓋頭を取った祥永の抜けるような肌の白さやつややかな黒髪に驚いた顔をした。ほっそりと華奢な体つきに小づくりで美しい容貌をまじまじと見つめている。
重臣たちも物怖じしない笑顔で「本当にきれいなお顔ですなあ」「それにいい匂いがしますなあ」などと言ってのける。
「お恥ずかしい限りです」
祥永は深窓の貴族の姫らしく困惑の表情を浮かべて頬を赤らめてみせた。
「こら、姫が困っているだろう」
虎征が呆れた声でたしなめる。
「申し訳ない、うちの者たちは言葉を飾ることを知らなくて」
「いいえ、率直な気質なのですね。私もその方がありがたいです」
「それならよかった。田舎料理で凝ったものはないが、肉も野菜も採れたてでうまいと思う。お口に合えばいいのだが」
飾り気ない笑顔には裏などありそうに見えない。本当にこの山中で素朴に育った男のようだ。
「どれもおいしいです。炙りたてのお肉を食べたのは生まれて初めてですが、おいしくて驚きました」
「肉は焼きたてがいちばんうまいのです。もし喬国の食べ物が欲しければ言ってください。取り寄せますから」
「ええ、ありがとうございます」
虎征の態度は好ましかったが、祥永は少しばかり首をかしげていた。男からは大国の貴族の姫を嫁にもらったという浮ついた態度や傲慢さはまったく見えない。
大抵の小国の者ならば好色な目を向けたり驕慢な態度になったりするものだが、虎征からはそんな浮ついた雰囲気は感じなかった。
疑問に思いながらもざっくばらんな楽しい宴で、婚礼歌や踊りも披露されて賑やかに夜は更けた。
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