3.婚礼の夜

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 その夜。  新しい絹の夜着をまとって寝室の長椅子に座って待っていた祥永は、虎征が入ってきたのを見てすらりと立ち上がった。床入りのために髪を下ろした祥永は、昼間の華やかな盛装とはまた違って凛とした清楚さがある。  虎征も白い夜着姿になっていて、鍛えられた体であると見て取れた。しかしすっきりとした表情は、新妻と床入りする期待などは感じられない。  初夜に期待を持っていないのなら有難い。  祥永はいくらか神妙な面持ちになって切り出した。 「虎征様、床入りの前に、ぜひお話したいことがあるのですが」  対面した虎征は祥永を見て軽くうなずいた。  宴でかなり飲んでいたはずだが、顔色も変わっていない。目元にほんのりと酔いが残っているように見えるだけだ。 「聞こう。まあ座りなさい」  虎征は自ら茶瓶を取って茶をいれている。  おかしな男だと思う。この年頃ならもう少し何か熱量というか、妻との床入りに期待してもいいはずなのに、まったく欲望めいた気配がない。  あるいは自分が彼の好みではないだけか? 一般的には細身の女よりも豊満な体の女の方が好まれる。  いや、そもそも明らかな政略結婚だから、異国人の嫁など本当は欲しくなかったのかもしれない。  しばらくして虎征は茶杯をふたつ卓に置いた。白磁の茶杯に透きとおった緑色の茶から湯気がふわりと上がった。 「口に合うといいが」 「いただきます。とてもいい香りがしますね。それにきれいな色」 「うちの山で栽培している高山青茶だ」  二人で茶を飲んで、ほっと一息つく。山の中の王宮は夜になるとかなり冷えて、温かい茶は体を中から温めた。 「おいしいです。さわやかな後味もいいですね」 「ああ。他国の茶もたくさん飲んだが、この青茶がいちばんうまいと思う」  「そうなのですね。とてもいいお味ですから喬国でも人気が出るでしょう」 「量があまり取れないので他国には出さないんだ。値が上がると庶民が飲めなくなるからな」  それにも内心で首をかしげる。国主であれば国庫を潤すことを考えるものなのに、収益の上がる輸出ではなく、庶民の懐具合を心配する? 「きっと高値がつきますよ?」 「樺国の民が飲めなくなったら意味がない。この山の恵みは樺国のものだ」 「なるほど、その通りですね」  変わってるなと思ったけれど、国主に逆らうこともないのでうなずいた。  二人でもう一杯、茶を飲んだ。  不思議だと思う。これからどうなるかわからない場面で、こんなに穏やかな気持ちになるとは思わなかった。茶がうまいせいか? 「それで、話とはどのような?」  祥永は椅子に座りなおすと、小さくほほ笑んでささやくように告げた。当然の用心として、部屋の外には護衛が立っているから彼らには聞こえないように。 「これは内緒の話なのですけど、実は私は男なのです」 「……ほう」  虎征はいくぶん困惑したような顔になり、指で顎を撫でた。
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