3.婚礼の夜

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 しばらく黙って祥永をじっと見つめている。琥珀色の瞳で見つめられると、祥永は何とも言い難い落ち着かない感じがした。  黒髪黒目以外の人間に会ったのは実は初めてだ。不思議な色の瞳に引き込まれそうな気がする。 「驚かれませんの?」 「物も言えないくらい驚いている」  そう言いながら、祥永の告白を信じてはいない様子だ。 「男なのにずっと姫として育ったのか?」 「いいえ、私の生まれは燕州なのです」  燕州と聞いて虎征のいくらか顔色が変わった。  燕州といえば燕衆、それは間諜を意味する。喬国のどこかにあるという燕州はその位置を知る者はほとんどいないため、幻の一族と言われている。 「それはまた奇妙な話だな」 「ええ、私もそう思います」  そして祥永はこうなった経緯を語った。  ふた月前に病気の姫の身代わりとして劉家の別邸に呼ばれたこと、姫の好みや貴族の姫としての礼儀作法を教えられたこと。  そして数日前に突然嫁入りの話を聞いたこと、男だから無理だと断ったら途中で死ねと言われたことまでも。 「ひどい話だな。あの盗賊はそのためだったか」 「ええ、樺国の護衛が始末してくださったとか。お礼申し上げます」 「礼はよいが。それでそのまま嫁入りしてきたと言うのか?」 「ええ」 「どうしてだ? その前に逃げることもできたはずだろう」  本物の燕衆なら馬車から抜け出すなどたやすいはずだと虎征の口ぶりがいう。 「そうですね。でも興味があったのです」 「興味? 何に?」 「樺国に。喬国を出たことがないので、異民族の国はどのようなものかと思っておりました」 「そうか。それで樺国はどうだ?」 「まだ何とも言えません。ほんの少し滞在しただけですから。でも興味深い国だと思います」  その時、扉の向こうから抑えた声が告げた。 「こんな時に申し訳ございません。虎征様」 「どうした? 入ってよい」  扉を開けた側近は虎征と祥永が卓を挟んで茶を飲んでいるのを見て、意外そうな顔をした。当然だろう。初夜なのに夫婦が寝所にも入っていないのだ。 「東の猿岩のあたりでがけ崩れがありました」 「猿岩のあたり? 妙だな……よし、俺が行こう」  虎征はすっと立ち上がった。もう国主の顔になっている。大股に部屋を出て行こうとして、ふと振り向いた。 「悪いが姫は留守を頼む」  その言葉に虚を突かれ、目を瞬く。   だが一瞬で立ち直った祥永は、ゆったりとほほ笑んだ。 「かしこまりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」  事情はよく分からないが武力で制圧する必要があるらしい。  ていうか留守を頼むって。本気なのか? そもそも男と確かめもしなかった。  ひとりになった祥永は思わずクスクス笑った。そのまま寝室に入ると広い牀搨(しょうとう)で横になり、温かい布団の中でゆっくりと眠った。
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