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その日の夜。粗末だが暖かい夕餉をみんなで囲んだ後、イエンは縁側に出た。縁側には先生が座っていた。
「イエン、ここにお座り」
先生は外を眺めたまま言った。まだ残る月の光がすっと伸びた背を照らす。刀の刃を思い起こさせた。先生がわずかに振り向く。イエンはぎゅっと目を閉じると、その場にすとんと座り込んだ。
「月がきれいだよ」
「……ここでいい」
がたつく木戸の向こうでは、みんなが眠る支度をしている。オジカなんかいつも「寝たくない」と騒がしいはずなのに、その物音がなぜか耳に入ってこなかった。先生と二人きり、冴えた月の光がイエンの心の根を冷えさせていた。
許してはもらえないのだ。たとえ、一度だけであっても。
天涯孤独で空腹で。人の物を盗る理由は十分だった。だから、「手伝ったら食わしてやる」という誘いについ、乗ってしまった。だが、外で見張りをしていたとき、中から人の悲鳴とうめき声を聞いたとたん、背筋がさっと寒くなり、隙をみて逃げ出してきたのだ。
忘れたかった。忘れてしまいたかった。半年も何もなかったのだから。
自らを抱きしめるように両腕を手で何度もさする。はっと気づいて顔を上げると、先生はイエンの目の高さに座り込んでいた。
「先生……」
すると先生は、手を広げ、イエンを包み込んだ。そっと頭をなでられる。とたんに、かたかたと歯の根がかみ合わなくなった。先生はじっと頭をなで続けてくれている。目に浮かび上がった涙が嗚咽を誘い出す。でも、ここで泣き声を聞けば、ナギやオジカが心配して顔を出してしまう。イエンは先生の肩で声を殺し、いつまでか分からないくらい、泣き続けた。
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