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「あ?」 「この子があなたの言う、盗賊の一味であるという証拠です」 「証拠も何も……、頭目のわしが仲間だと言ってんだ」 「それではあてになりません。何か決め手はないのですか?」  先生の声は落ち着いている。が、いつもと違う強さがあった。一言発するたびに押さえつけられ、逃げ場を奪っているようだった。  言葉に詰まった頭は先生をにらみ上げる。すると先生は、「左腕を見せなさい」とイエンに言った。 「えっ……?」 「見せなさい」  とまどいながら見上げるが、先生は背中を見せたままである。しぶしぶ、イエンは左腕をまくり上げた。そこには、この間こさえた小さなあざがあった。 「この子には左腕にあざがあります。あなたが追いかけている仲間には、そのようなものはありましたか?」  頭が目を横にやった隙に、先生はたたみかけた。 「他人のそら似なのでは?」 「そんなもの……、誰が分かるって言うんだ!」  頭の手が先生の胸ぐらに伸びる。その時だった。 「そこまで!」  畑いっぱいに鋭く低い声が響き渡る。イエンが顔を上げると、役人がぐるりと畑を取り囲んでいた。 「盗賊の頭だな。捕まえろ!」  「やべぇ!」と一歩後ずさったところを、役人が肩をつかむ。役人のみぞおちに肘を食らわせ、頭はふり切ろうとした。が、頭の前に天秤棒が交わる。そのまま二人ががりで地面に押さえ込まれると、あっという間に縄を打たれた。 「ご苦労様でした」  先生がねぎらうと、役人の責任者らしき男が先生に頭を下げた。その男は先日、イエンとオジカのそばまでやってきていた役人だった。 「遅くなりました。準備に手間取りまして」 「いえいえ。あなたの遅刻はいつものことですから」  どっ、と笑いが起こる。言われた責任者は気まずそうに頭をかいた。  役人に引っ張られて行く頭はやや反り気味で、天を仰ぐような姿で歩いていた。手は食い込むくらいきつく縄で縛り上げられている。役人に引っ張られて縄が食い込むたびに、イエンの心が穏やかになっていく。  不意に頭がふり返り、あの裂けるような笑みを浮かべた。 「小僧、次はお前の番だ。ほら、そこに小さな縄があるだろう」  はっとしたイエンは辺りを見回した。地面に這いつくばるように姿勢を下げ、さらに注意深く、ぐるぐると回った。土の上を手探りする。縄は、なかった。  濁った笑い声が脳天を切り裂く。歩け! と縄を引っ張られた頭の笑い声は、畑から姿が見えなくなるまで聞こえ続けた。 「さて……と」  役人の責任者がイエンの前に立った。 「君のことを調べなくてはならない」  両の手首に荒縄が深く食い込む気がして、イエンは思わず手首を押さえた。 「縛ってはいけませんよ」  珍しく、先生がにらんでいた。後ろに控えていた二人の役人をにらみ、責任者にもにらみをきかせる。責任者が困ったように口を開こうとすると、先生はその隙を与えなかった。 「捕らえた他の者や本人の話では、見張りをさせられていただけで何も手を下してはいません。また、本人に反省の意思があります。縄を打たなくても、話は聞けます」  責任者は開きかけた口を一度閉じ、表情を引き締めた。 「どうして黙っておられたのですか。以前のあなたなら、そのような不正はなさらなかった」  そうですね、と言って先生は目を伏せる。しばらくして開いた目は少し潤んでいた。 「捕縛して、罪をあがなった子どもが、世に出たあとのことを知っていますか?」  それならイエンは知っている。どこからも弾き飛ばされ、結局受け入れてくれるのは盗賊どもである。教え込まれるのは悪事ばかりで、いずれまた、捕まるのがならいだ。 「教えられるのが犯罪ではなく、農作業だったらどうなるでしょう。機織りだったら? 学問だったら? 子どもはひょっとしたら、違う道を歩めるかもしれません」 「ですが、なぜ独断で……」 「あの男の決定は遅すぎるのです!」  スイカの葉がびりっと震えた気がした。 「子ども達が、驚いてます」  はっと目を開く。先生はしゃがみ込むと、泣きそうな表情で見上げていたオジカを抱きしめた。 「彼の話は、ここで聞きます。が、あなたは一度、役所までご足労願います。……きっとその方が。いろいろ言いたいこともおありでしょう」  うなずくと、先生は責任者の後に続き、歩き出した。思わず後を追いかける。だが、別の役人が「坊主はこっちだ」と、首根っこをつかまれた。 「先生っ! なんで、俺なんか……!」  役人に抑えられながらイエンは叫んだ。 「お話が済んだら、畑を頼みますよ。昨日、何かに虫がついていたって言っていたでしょう」 「……エンドウ豆」  少し振り返った先生は軽くうなずくと、役人の後に続いた。イエンは姿が見えなくなるまでじっと、その場を動かなかった。
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