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 農園は小高い丘の上にある。イエンが柵を開けると、一面にさまざまな緑が広がった。先生はその一角で葉を手に取り、裏をじっと眺めていた。 「先生、何を?」 「葉脈をね、見てたんだ」 「葉脈?」  うん、とうなずくと、先生は葉を元に戻し土を確かめ、桶に汲んでいた水を少し与えた。 「今の水が土に染みこみ、根を通り茎を通って、さっき見ていた葉の裏を通る。不思議だね」  先生はすっくと顔を上げて、畑を見渡した。確か、四十に届かなかったと思う。顔のつやは年相応だが、髪は驚くほど真っ白だ。昔、役人をしていたとナギが言っていた。なら、ずいぶん苦労したんだな、とイエンは思った。  農園を手伝うようになって半年が過ぎた。空腹で、納屋の軒下でへたり込んでいたところを助けてくれたのは先生だった。行くあてのない事を察したのか、先生は翌日からイエンに農園の世話をさせてくれた。  井戸から水を汲み上げ桶に移すと、ひしゃくを手に、イエンは先生とは反対側の畑に移動した。土を触って乾き具合を確かめ、ふさわしいように水を与える。葉に着いた水の玉が朝日をはじき返す。まぶしさにイエンは目を細めた。 「イエン、遅い!」と先生とは別の方から声がする。ナギだ。 「さっきまでみんなの布団を片付けてたんだよ」 「お日様がこんなに昇るまでですかっ!」  ギャッ! と悲鳴を上げてしまった。(くわ)が当たってこさえた左腕のあざをひっぱたかれた。三月(みつき)ほどは経っているが、いまだにじんわりと痛む。  先生の手伝いをしているのは、他にもいた。年はまちまちだが子どもばかり。十三のイエンがやや年かさなほうだろう。ナギに適当に謝り、十にならないオジカの桶を一緒に持ってやる。それがここ半年のイエンの毎日だった。 「あれ? なぁに?」  草を抜いていたオジカが立ち上がった。柵の向こうに人影が見える。イエンはさっと顔を背けた。  ギィ……、と竹でできた柵が開かれる。数人の足音が土を踏みしめた。 「これはこれはお役人様。何か用かい?」  やはり、気心がしれているのか、親しげな口調で話しかける先生の足音が、柵に向かっていく。オジカはイエンの着物の裾を握りしめる。いくつかの小さな足音が柵から奥に向かっている。おそらく、怖くなった子どもがナギのところに向かっているのだろう。 「失礼します。こちらに賊が来たという報告がありまして」 「賊? いや。物騒だね」  言葉の意味を察したのだろうか。オジカがさらに強く握った。イエンの喉が鳴る。役人のずしりとした足音が柵から離れ、畑に散らばり始めた。その様子にびっくりしたのか、オジカがひっくひっくと喉を鳴らし始めた。  足音のひとつはこちらに向かっていた。  イエンはしゃがみ、今にも泣き出しそうなオジカを抱きかかえ、己の顔を隠した。 「困るよ、子ども達を怖がらせるのは」  ぴたりと足音が止まる。青々と茂った緑の葉に落とされた黒い影が、オジカをよけいにおびえさせる。イエンは大丈夫だよと示すために、抱えたオジカの頭をなでてやっていた。それは、震えそうな手をごまかすためでもある。何度も何度もなでる。すると、影は二人から離れていった。 「賊は死人をだしております。なにとぞお気をつけください」  なでていた手が一瞬止まった。では、と役人達が柵を閉めて遠ざかっていく。イエンは最後の足音ひとつも漏らさず聞き遂げ、聞こえなくなるまでオジカを離さなかった。
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