1.ダイアナ

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1.ダイアナ

「ダイアナ様」  優しい褐色の瞳をした青年が、木の上の女の子に声を掛けた。  青年は背が高く、隣にいる侍女とは頭ひとつ背丈が違った。その侍女は青い顔をして木の上の女の子を見上げている。  そこはルダリア王国の王宮である。その庭の片隅に立つ、高さが二階の窓くらいまである大木の上にいるのは国王の3番目の娘、ダイアナだ。  侍女とは対照的に青年は落ち着いた様子でダイアナを見ている。  青年は、ダイアナに聞こえる様に声を張り上げる。 「ダイアナ様、そこからの景色はいかがですか?」  ダイアナは、眼下に見える青年に声量を上げて応える。 「良い景色よ。あなたも上がって来る?」 「そうしたいのはやまやまですが、侍女の方が大変心配されておられますから、そろそろ下りて来られませんか?」 「そうなんだけど、下り方が分からないの」  青年は、きょとんとして微笑んだ。 「随分変わった方ですね」 「も、申し訳ありませんっ」  侍女が思わず謝った。  青年は、声を張る。 「とりあえず私が迎えに行きますから、姫殿下はそこでじっとしていて下さい」 「わかった」  青年は、幹のわずかな窪みに足をかけ登り始める。侍女が、はらはらしながら見守る。  青年は、順調に登り、大木の半ばまで来た。ダイアナは、待っているのが退屈になり、上がって来る青年の姿を見ようと下を覗き込んだ。その時、彼女の足が滑った。 「あ!」  侍女が悲鳴を上げる。青年が上を見るとダイアナは目の前だ。青年は自分が落ちる事も構わず両腕を広げダイアナを受け止めた。侍女は思わず手で顔を覆う。  青年は地面に叩きつけられる――寸前で宙に浮いた。それに気付いたダイアナが、もぞもぞと青年の腕から顔を出して彼を見た。彼は微笑んでいた。  すとん、と青年の背中が地面に付いた。 「お怪我はありませんか」  ダイアナは、青年の上で呆然と呟く。 「ないわ……」 「姫様~!」  侍女が、泣きながら駆け寄って来た。膝をついてダイアナを抱き締めた。 「寿命が縮まりましたよ!」 「ごめんなさい……」  侍女の心配を肌で感じてダイアナは今更ながらに怖くなった。強張った顔で侍女の肩越しに青年を見た。  青年は、優しく微笑んで、ダイアナの背中をさすった。 「ご無事で何よりです」  ダイアナの目に涙が込み上げて来た。 「ごめんね。もう、登らないから」  ひとしきり泣いて、けろっとしたダイアナは、青年を見た。 「ねえ、あなた誰? 見ない顔ね」 「申し遅れました。私、最近になって陛下に召し抱えられました、宮廷魔術師のアクトと申します」 「魔術師?」  ダイアナが、目を輝かせる。 「魔術が使えるの? さっき浮いていたのは魔術なの?」 「はい」 「ねえ、魔術をおしえて」 「姫様?」  侍女が困惑する。  アクトは、困った様に微笑む。 「姫殿下は変わった方ですね。今どき魔術を習いたい人はそういませんよ」  近年、ルダリア王国は平和な時代にあった。それ故、宮廷魔術師の価値は戦争全盛期に比べれば、格段に下がっていた。   「でも、魔術が使えれば、あなたみたいに人助けができるでしょ」  ダイアナは喜々として言った。  アクトは、微笑む。 「ではもう少し、大人になったら」 「その時は教えてくれる?」 「ええ」  ダイアナは、弾けるような笑顔を見せた。 「約束よ」    二人は互いの小指を絡ませて、約束した。
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