0人が本棚に入れています
本棚に追加
くるまのならびを
愛知県といえば産業の土地。
三河湾の臨海部から三重まで連なる工業地帯には、食品工場、石油コンビナート、製鐵所……。そのなかで、とりわけ経済効果が大きいのが自動車産業―
この街には、車屋が一つしかない。最近できたおおきなショッピングモールにはいるショールーム。
この店では、ほとんどのメーカーの車を扱っていた。
まだ汚れひとつない店内には、各会社ごとにブースがある。
外から見える彼らをいちべつして、外を走る車たちはこう言う。
「僕たちもあんなふうにキラキラ輝けたらなぁ」
営業車で、十年以上朝早くから夜遅くまで走りっぱなしのトヨタサクシードは、「もっと大切に乗ってほしかったし、走るのももう疲れたよ」と。
足車として酷使されながら、車検以外にろくな整備も受けていないダイハツミラは「中古車屋に飾られてたときが一番幸せだよ」とこぼす。
人間と同じように、彼らもまた日々に疲れ切っていた。
「のんきなもんよねぇ、あの子たちも」
日産のアリアがそうつぶやいた。
アリアは伸びやかなデザインが特徴のSUV。高級車でありながら先進的なEVであるという唯一無二の国産車。
「まあ、気持ちは分かるけどね」
その隣にいるノートオーラが追随する。オーラはとにかく日本市場で伸び悩みやすい”小さな高級車”というジャンルで成功した。
「なんの気持ちよ」
「いや、はたから見たらここは快適で何不自由ないんだろうなって」
「そんなことないわよ。動かないで外部電源からバッテリーつないで機能してるからあちこち痛むし、いろんな人にベタベタされてはアレがダメコレがダメって」
「まあね」
隣にあるスズキブースからも声があがる。
「でも、広報車よりいいんじゃねぇ」
もうかなり長いことここにいるジムニーシエラ。
「たしかに広報車なんてより嫌でしょう」
「いやあれ花形だろ」
スズキブース奥からスペーシアにフロンクスまで参加してくる。
いつもこうやって、やいのやいのやっているのが、車たちだった。
翌朝。ショールームの唯一の定休日である火曜日。
オーナーである人間の車が、この店に入った。
「あら?今日火曜日よね?」
それにいち早く反応したのはホンダフリード。
「おう」
トヨタシエンタが返す。
「今、オオマツ入らなかった?」
MAZDA2が怪訝そうに窓ガラスの外を見る。
するとまもなく、オーナーのオオマツが入ってきて、フリードの前に立った。隣には見たことのない細身の男がいる。
「このフリードと、あっちのシエラだけデモアップで」
皆が驚いた。
デモアップカーというのは、彼らのように展示されていたが改良・仕様変更やカタログ落ちによって中古市場に出回ってくる車だ。フリードは今年新型になったし、シエラも近くに改良があったうえもう四年ここにいる。
「え?」
オオマツと男が去ってから、はじめに声を上げたのはシエンタだった。
「まじ?」
「……大マジよ」
フリードは納得しているみたいだった。
「デモアップも悪くないわ。それにこの間話してた、市販車かデモ、どっちが幸せかっていうのの証明もしたいしね」
それからしばらくして、翌月にはフリード、その次の日にシエラが売れた。フリードはソリオから乗り換えた若いファミリーに、シエラはハスラーから乗り換えの年配の女性だった。
――――――――――――――――――――
フリードは、家族に渡ったその日からドライブに出かけた。
行き先は、ショールームにほど近い家から車で三時間ほどのところ岐阜県高山市にある新穂高ロープウェイ。フリードも山道を半時間ほど登った。
最近少なくなってきた大人二人子ども二人の家族を乗せたフリードは、初走からなかなかハードというか慣らし走行もしないままぶっ放したが、生産された頃はうるさくて嫌いだった子どもの声も、決して好きではなかったロードノイズも、結構良いかもと思い始めた。
これから嫌になることもあるだろうけど、いままで街のクルマたちがフリードを羨んだのは、きっと乗り手が悪かったのだ。
――――――――――――――――――――
シエラを購入した女性は、車は足として使っていた。
購入時に乗ってきたハスラーもだいぶくたびれていたし、と思っていたら、大通りからひっそりと伸びる未舗装路にいきなりダイブ。
そのまま時速約四〇キロくらいで山道を駆け上った。
女性は家に着くと、少しの間エンジンをアイドリングさせてから切った。優しく扉を閉めて降車。
ハスラーがくたびれていたのは、毎日この道を通って生活しているからだと思う。車高のある車を選んでいるのも納得できる。
クロカンとして作られたジムニーシエラ。こういう人に、日常を共にする相手として選んでもらえるのは、たとえ手入れが雑であっても少し、嬉しかった。
完
最初のコメントを投稿しよう!