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猫はしなやかで、なんでもそつなくこなす印象があるけれど、猫宮さんは歩けばつまづき、なにかを取ろうとすれば床に落とし、机の角によく腰や腕をぶつけて声なき悲鳴を上げている。
いろいろと心配になるくらい、不器用なのだ。
だが、彼女は子どもじゃないのだし、自分の不器用でだれかに迷惑をかけることをきらうひとだから、俺は彼女に構い過ぎないことにしている。
だから今回も、鳥井さんを引き連れて、動物の紹介をはじめた。
「うちでは主に、ハムスターと熱帯魚の飼育をしてる。まずはハムスターから。ひまわりはメス、人見知りが激しいから、慣れるまではそっとしておいてあげて。で、こっちはオスのハムハム。食の好みが激しくて、ときどきミックスフードを別のメーカーのものに変えないと食べてくれなくなる」
「へー、みんなかわいい!」
飼育ケースに顔を近づけていた俺に、鳥井さんの顔がぐいっと寄せられた。いや、正確に言えば、鳥井さんもケースの中をよく見ようとしただけで、俺に近づこうとしたわけではないのだけど、それでも俺はびくっと飛びのいた。
女子と距離感が近いのは、けっこう緊張するのだ。一応、思春期男子だから。
と、背後で聞きなじんだ、ザザザザザ、という音がした。
鳥井さんと同時にふり向く。
せっかく集めたはずのミックスフードを、また落としている猫宮さんがいた。
「猫宮さん、大丈夫?」
「お、お構いなく……」
さすがに今度は俺も苦笑したし、猫宮さんも居心地が悪そうに目をそらした。ちょっと心配しつつ、ハムスターの説明を終えて、今度は熱帯魚の説明に移る。
が、ふたつの水槽を見終えたあたりで、鳥井さんが俺の袖を引いた。
「ぶ、部長! 猫宮先輩が……!」
あせった声に、「また猫宮さんがなにかドジなことを?」と思いながら、視線を向けてみると、飼育ケースに餌を入れる猫宮さんの姿があった。
鳥井さんが、こそこそっとささやく。
「あのケース、空、でしたよね……?」
「うん。空だね」
不要な空ケースは原則、となりの備品室に片づけているけれど、ひとつだけ、出しっぱなしになっているものがあるのだ。そのなにも飼育していないケースに、猫宮さんは餌を入れている。
「気にしなくていいよ。たまにあることだから」
さらっと言った俺に、鳥井さんは目を丸めた。
「えっ、空のケースに餌を入れちゃうくらい、猫宮先輩は不器用……っていうか、うっかりさんってことですか……? あ、それとも」
鳥井さんの顔が青くなる。
「まさか、わたしには見えないなにかを、あのケースに飼っている……?」
「あ、いい線いってる」
なかなか勘がいい。
鳥井さんは驚いて飛び跳ねた。
「えええっ、いい線ってなんですか! まさか本当に妖怪でも飼ってるんですか……?」
「いやいや、そういうんじゃないけどさ」
俺は、声をひそめる。
「あのケージ、去年の秋までは、ハムスターを飼ってたんだ。死んじゃったんだけどね。そのハムスター、猫宮さんと仲がよかったから、猫宮さんは寂しくて、ときどきお供えとして餌を入れることがある、って感じかな」
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