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第一章 5
レースやフリルをふんだんにあしらった黒いドレス。上は喉許まで覆い隠し、裾は引き摺る程長い。頭にはやはり黒のヘッドドレスをつけ、胸許には何連もある黒真珠のネックレスが揺れている。
その貴婦人が静々と歩き始めると、さらさらと衣擦れの音がした。
テーブルの近くまで来ると、一旦止まり客人に向かって、優雅にお辞儀をした。
扉を閉め一歩下がって後からついて来ていた男が先をゆき、客人の向かいの席の椅子を引いた。
貴婦人はそこにゆっくりと腰をかける。
美しい笑みを浮かべていた。
「当館の主人でございます」
男はそう、主人を紹介すると横で主人の分の紅茶を淹れ始めた。
(女主人……)
美華と美雪、同時に心の中で呟いた。
しかも、年齢もかなり若い。二十代半ば、多く見ても後半くらいだろう。
雪のように白い肌。真紅の薔薇のように赤い唇。漆黒の髪を下方で結わいている。アーモンド型の瞳は、深い森の思わせるような濃緑。
(何処かで見たような……)
そうだーーあの絵の。
二人とも同じように考えた。
(だけど……それよりも……)
別な人物を思い浮かべたのは、美雪のほうだった。
「ようこそ、いらっしゃいました。可愛いらしいお嬢様がた」
紅い唇が開いた。
そこから溢れた声は思いの外ハスキーだった。音域は女性のアルトと男性のテノールの中間辺りの不思議な魅力のある声だった。
その声は、美雪の知っている声に良く似ていた。
「結……」
つい、という感じで美雪が呟く。
一度口にしてしまうと訊いてみたい気持ちでいっぱいになる。
「BLACK ALICE……のユエに
似ている……って言われませんか?」
その突然の問いに美華が驚き、
「ちょっと、美雪。ユエって男だろ」
と小声で言いながら、肘で突つく。
「そうだけどっ」
美雪も小声で答える。
そう言われた女主人は変わらず微笑みを浮かべていた。
「……BLACK ALICE……ご存じですか?」
余りにも無反応だったので予想は外れ、しかも、知らない可能性すらあると思い始めた。
主人は美しい所作でカップを持ち上げると、紅茶を一口飲み、再びカップをソーサーの上に音も立てずに置いた。
「はい。存じております」
またあの魅力的な声で答え、それから、くすりと笑った。
「ねぇ……蒼?」
男を見上げて声をかける。
男は微かに頷いた。
「え」
美雪が小さく驚きの声を上げる。
BLACK ALICEには『ソウ』というギタリストがいた。
「まさか、本当に……」
しかしこれを鵜呑みしていいものか、二人は悩んだ。
そんな二人の悩みなど知らぬげに、
「雨が強くなってきました。どうでしょう? 今夜はここにお泊まりになっては」
そう提案した。
確かに、いつの間にか雨が降りだして、窓を激しく叩いていた。しかも、もう外は真っ暗だ。
二人の胸に言い様のない不安が押し寄せる。
普通なら見知らぬ家に突然泊まるなどする筈もない。それなのに、『はい』も『いいえ』もどちらも出てこない。
「ーーーーもし良ろしければ、お聞きになりますか? 私たちのことをーーこの館で起きた恐ろしくも哀しい話を。長くはなりますが…………」
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