アラブの至宝 11

2/2
前へ
/2ページ
次へ
 リンが、戻って来た…  いや、  リンでは、なかった…  別の女だった…  近くにやって来た女は、黒縁の分厚そうなメガネをかけた、インテリというより、オタクっぽい女だったからだ…  一言で、言うと、地味な女だったからだ…  リンと真逆の地味な女だったからだ…  が、  その女が、まっすぐに、私たちの元に、やって来た…  …一体、なんの用事だろう?…  私は、思った…  私は、考えた…  そして、それは、私だけではなかった…  バニラもアムンゼンも、狐につままれたような表情で、その地味な女を見ていた…  一体、なんで、ここにやって来たんだろ?  という表情で、見ていた…  が、  葉敬は、驚かんかった…  「…リン…戻って来たのか?…」  と、嬉しそうに、声をかけたからだ…  その地味な女は、恥ずかしそうに、コクンと、首を縦に振って、頷いた…  いかにも、オタク…  オタクみたいな女だった…  「…エーッ…コレが、リン!…」  と、私は、私は、大声で叫び出したかった…  それほどの衝撃だった…  そして、それは、バニラもアムンゼンも同じだった…  仰天した表情で、リンを見ていた…  すると、リンが、  「…ご迷惑をかけて、申し訳ありません…」  と、頭を下げて、私たちに詫びた…  が、  葉敬は、リンをとがめることなく、  「…なにか、用事があったの?…」  と、優しく聞いた…  すると、リンは、ボソッと、  「…日本のコンビニに、台湾では、売っていない商品が、売っていると、ネットで、見たので…」  と、呟いた…  「…台湾では、売ってない商品って?…」  と、葉敬…  しかしながら、リンは、答えんかった…  恥ずかしそうに、黙ったままだった…  「…いや、答えたくないなら、答えなくて、いい…」  と、葉敬は、陽気に、言った…  「…無理には、聞かないよ…」  と、優しく、聞く…  リンは、それを、聞いて、ホッとした様子だった…  が、  リンの持つ、大きなコンビニのビニール袋から、なにかが、見えたらしく、それを、見て、マリアが、  「…あー、ガンダムのプラモデル…」  と、大声で、叫んだ…  その声を受けて、リンが、一層、恥ずかしがった…  その証拠に、以前より、顔が赤くなった…  「…好きなんです…」  と、恥ずかしそうに、呟く…  「…このプラモデルを作っていると、ホッとするんです…」  「…ホッとするって、どういう意味ですか?…」  アムンゼンが、聞いた…  「…集中できると、いうか…時間を忘れて、夢中になることが、できるんです…」  リンが、真っ赤の顔のまま、呟く…  「…でも、リンさんは、チアガールで、みんなの前で、一生懸命踊っているじゃないですか? …ダンスでも、集中できるんじゃ?…」  と、アムンゼン…  「…でも、大勢のひとの前で、踊るのは、私、恥ずかしくて…」  「…だって、リンさんは、いつも、それをやっているでしょ? そのおかげで、有名になったんだし…」  「…アレは、仕事…」  「…仕事?…」  「…私は、ホントは、一人が、好き…一人で、本を読んだり、ゲームをしたりするのが、好き…」  「…」  「…でも、それでは、稼げない…だから…」  と、言った…  「…ホントは、部屋の中で、一人でする仕事…小説を書いたり、イラストを描いたり、する仕事が、したかった…マンガは、別ね…」  「…どうして、別なんですか?…」  「…マンガは、一人では、描けない…大勢のスタッフを雇わなければ、ならない…プロになる前は、一人で、描くけれども、プロになれば、一週間や一か月単位で、作品を発表しなければ、ならない…だから、一人では、無理…できない…」  「…」  「…ホントは、人前に出るのが、苦手…だから、このメガネも外して、コンタクトもしないで、わざと、周囲が、見えないぼやけた状態で、踊る…そうすると、恥ずかしさが、なくなるというか、極端に減る…周りは、見えないから…」  リンが、恥ずかしそうに、言った…  私は、それを聞いて、絶句した…  「…」  と、絶句した…  と、同時に、気付いた…  今、リンが、言った仕事という言葉に気付いた…  要するに、  仕事=稼ぐ、だ…  今、リンが、言った小説家や、イラストレーター、マンガ家は、どれも、他人様よりも、稼ぐ力が、大きい…  ずばり、儲かるイメージだ…  もちろん、平均を取れば、違うが、てっぺんは、とんでもなく、稼ぐ…  だから、リンは、憧れたのだろう…  自分の力で稼ぐ…  就職せずに、自分の力だけで、稼ぐ…  そう、したかったんではないか?  私は、そう見た…  私は、そう睨んだ…  そして、  そして、だ…  ふと、見ると、アムンゼンの顔が、明らかに、くつろいだというか…  ホッとした顔になった…  おそらく、自分が好きだったリンが、横柄でもなく、威張ってもない姿を見て、ホッとしたのだろう…  安心したのだろう…  これは、誰でも、同じ…  同じだ…  一般人を例に取れば、ルックスが、良かったり、人柄が、良いと、思った相手と、いざ、付き合ってみたら、中身が、全然違った(爆笑)…  そんな例と同じだ…  ルックスが、良くても、いざ、付き合ってみると、性格が悪く、しょっちゅうひとの悪口ばかり… そんな姿を見れば、誰でも、幻滅する(苦笑)…  とりわけ、人柄が、良いと、思って、その人柄に、惹かれて、付き合ってみれば、それは、学校や会社だから、いいひとを、演じていただけ…  ごく親しい友人、知人の前では、真逆の素顔を出す…  良い人柄と、真逆の性格の悪い素顔を出す…  そして、そんな素顔を知れば、それこそ、ルックスに憧れて、付き合った相手以上の衝撃を受ける…  いいひとだと思っていたのに、実は、性格が悪かった…  それを、知れば、誰でも、幻滅するからだ…  だから、このアムンゼンも、リンの素顔を知って、ホッとしたのだろう…  少なくとも、悪い人間でなくて、ホッとしたのだろう…  だから、それに、気付いた私は、アムンゼンに向かって、  「…オマエ…ホッとしたようだな…」  と、言ってやった…  「…なんですか? …矢田さん…そのホッとしたというのは…」  「…隠すんじゃ、ないさ…」  「…隠す? なにをです?…」  「…しらばっくれんじゃ、ないさ…」  私は、言った…  そして、そのやりとりを見た、お義父さんが、  「…お姉さん…どうかしたんですか?…」  と、私に聞いた…  私は、迷うことなく、  「…このアムンゼン…リンさんのファンなんです…」  と、言って、やった…  「…ファン? それは、知ってます…さっき、言ったじゃ、ないですか?…」  「…だから、アムンゼンは、リンさんが、横柄でもなく、威張ってもない姿を見て、嬉しかったのだと、思います…」  私の言葉を聞いて、葉敬は、アムンゼンを見た…  そして、  「…それは、よかった…」  と、一言。  その言葉を聞いて、今度は、  「…良かった?…」  と、リン当人が、口にした…  「…なにが、良かったんですか?…」  「…リンさんが、思っていた通りの人間で、良かったと、言っているんです…」  と、私。  「…私が、思った通りの人間って?…」  「…明るく、元気で、人柄がいい…」  私は、言ってやった…  適当に、言ってやった…  実は、この矢田は、リンのことは、わからん…  よく知らん(笑)…  しかしながら、チオガールをしているから、 言ったのだ…  だから、こう言ってやったのだ…  チアガールをしているから、    「…明るく、元気で、人柄がいい…」  と、言ってやったのだ…  チアガールに限らず、運動をしている体育会系の人間には、誰にも、当てはまる言葉だからだ…  これが、図書館に通うような、おとなしめの人間には、言わん…  いや、  今、リンは、自分の素顔は、文系の人間というか、おとなしめの人間だと、告白したではないか?  小説や、マンガを描くような人間になりたかったと、告白したではないか?  私が、そんなことを、考えていると、  「…明るく、元気で、人柄がいい…私も、そんなふうになりたい…」  と、リンが、ポツリと言った…  「…でも、無理…」  リンが、呟くと、アムンゼンが、  「…でも、リンさんは、いつも、それをやっているでしょ?…」  と、口を挟んだ…  当然のことを、言った…  「…だから、わざと、このメガネを外す…外して、周りを見えなくする…そうすると、別人になりきれると、いうか…本来の自分以外の人間を演じることができる…」  リンが、告白した…  「…別人になるというより、別人になりきる…」  「…」  「…ここにいるのは、普段の私じゃないと、強く自分に言い聞かせる…」  「…」  「…すると、怖くなくなる…恥ずかしくなくなる…」  リンが呟いた…  恥ずかしそうに、呟いた…                <続く>
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加