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リンが、戻って来た…
いや、
リンでは、なかった…
別の女だった…
近くにやって来た女は、黒縁の分厚そうなメガネをかけた、インテリというより、オタクっぽい女だったからだ…
一言で、言うと、地味な女だったからだ…
リンと真逆の地味な女だったからだ…
が、
その女が、まっすぐに、私たちの元に、やって来た…
…一体、なんの用事だろう?…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、それは、私だけではなかった…
バニラもアムンゼンも、狐につままれたような表情で、その地味な女を見ていた…
一体、なんで、ここにやって来たんだろ?
という表情で、見ていた…
が、
葉敬は、驚かんかった…
「…リン…戻って来たのか?…」
と、嬉しそうに、声をかけたからだ…
その地味な女は、恥ずかしそうに、コクンと、首を縦に振って、頷いた…
いかにも、オタク…
オタクみたいな女だった…
「…エーッ…コレが、リン!…」
と、私は、私は、大声で叫び出したかった…
それほどの衝撃だった…
そして、それは、バニラもアムンゼンも同じだった…
仰天した表情で、リンを見ていた…
すると、リンが、
「…ご迷惑をかけて、申し訳ありません…」
と、頭を下げて、私たちに詫びた…
が、
葉敬は、リンをとがめることなく、
「…なにか、用事があったの?…」
と、優しく聞いた…
すると、リンは、ボソッと、
「…日本のコンビニに、台湾では、売っていない商品が、売っていると、ネットで、見たので…」
と、呟いた…
「…台湾では、売ってない商品って?…」
と、葉敬…
しかしながら、リンは、答えんかった…
恥ずかしそうに、黙ったままだった…
「…いや、答えたくないなら、答えなくて、いい…」
と、葉敬は、陽気に、言った…
「…無理には、聞かないよ…」
と、優しく、聞く…
リンは、それを、聞いて、ホッとした様子だった…
が、
リンの持つ、大きなコンビニのビニール袋から、なにかが、見えたらしく、それを、見て、マリアが、
「…あー、ガンダムのプラモデル…」
と、大声で、叫んだ…
その声を受けて、リンが、一層、恥ずかしがった…
その証拠に、以前より、顔が赤くなった…
「…好きなんです…」
と、恥ずかしそうに、呟く…
「…このプラモデルを作っていると、ホッとするんです…」
「…ホッとするって、どういう意味ですか?…」
アムンゼンが、聞いた…
「…集中できると、いうか…時間を忘れて、夢中になることが、できるんです…」
リンが、真っ赤の顔のまま、呟く…
「…でも、リンさんは、チアガールで、みんなの前で、一生懸命踊っているじゃないですか? …ダンスでも、集中できるんじゃ?…」
と、アムンゼン…
「…でも、大勢のひとの前で、踊るのは、私、恥ずかしくて…」
「…だって、リンさんは、いつも、それをやっているでしょ? そのおかげで、有名になったんだし…」
「…アレは、仕事…」
「…仕事?…」
「…私は、ホントは、一人が、好き…一人で、本を読んだり、ゲームをしたりするのが、好き…」
「…」
「…でも、それでは、稼げない…だから…」
と、言った…
「…ホントは、部屋の中で、一人でする仕事…小説を書いたり、イラストを描いたり、する仕事が、したかった…マンガは、別ね…」
「…どうして、別なんですか?…」
「…マンガは、一人では、描けない…大勢のスタッフを雇わなければ、ならない…プロになる前は、一人で、描くけれども、プロになれば、一週間や一か月単位で、作品を発表しなければ、ならない…だから、一人では、無理…できない…」
「…」
「…ホントは、人前に出るのが、苦手…だから、このメガネも外して、コンタクトもしないで、わざと、周囲が、見えないぼやけた状態で、踊る…そうすると、恥ずかしさが、なくなるというか、極端に減る…周りは、見えないから…」
リンが、恥ずかしそうに、言った…
私は、それを聞いて、絶句した…
「…」
と、絶句した…
と、同時に、気付いた…
今、リンが、言った仕事という言葉に気付いた…
要するに、
仕事=稼ぐ、だ…
今、リンが、言った小説家や、イラストレーター、マンガ家は、どれも、他人様よりも、稼ぐ力が、大きい…
ずばり、儲かるイメージだ…
もちろん、平均を取れば、違うが、てっぺんは、とんでもなく、稼ぐ…
だから、リンは、憧れたのだろう…
自分の力で稼ぐ…
就職せずに、自分の力だけで、稼ぐ…
そう、したかったんではないか?
私は、そう見た…
私は、そう睨んだ…
そして、
そして、だ…
ふと、見ると、アムンゼンの顔が、明らかに、くつろいだというか…
ホッとした顔になった…
おそらく、自分が好きだったリンが、横柄でもなく、威張ってもない姿を見て、ホッとしたのだろう…
安心したのだろう…
これは、誰でも、同じ…
同じだ…
一般人を例に取れば、ルックスが、良かったり、人柄が、良いと、思った相手と、いざ、付き合ってみたら、中身が、全然違った(爆笑)…
そんな例と同じだ…
ルックスが、良くても、いざ、付き合ってみると、性格が悪く、しょっちゅうひとの悪口ばかり…
そんな姿を見れば、誰でも、幻滅する(苦笑)…
とりわけ、人柄が、良いと、思って、その人柄に、惹かれて、付き合ってみれば、それは、学校や会社だから、いいひとを、演じていただけ…
ごく親しい友人、知人の前では、真逆の素顔を出す…
良い人柄と、真逆の性格の悪い素顔を出す…
そして、そんな素顔を知れば、それこそ、ルックスに憧れて、付き合った相手以上の衝撃を受ける…
いいひとだと思っていたのに、実は、性格が悪かった…
それを、知れば、誰でも、幻滅するからだ…
だから、このアムンゼンも、リンの素顔を知って、ホッとしたのだろう…
少なくとも、悪い人間でなくて、ホッとしたのだろう…
だから、それに、気付いた私は、アムンゼンに向かって、
「…オマエ…ホッとしたようだな…」
と、言ってやった…
「…なんですか? …矢田さん…そのホッとしたというのは…」
「…隠すんじゃ、ないさ…」
「…隠す? なにをです?…」
「…しらばっくれんじゃ、ないさ…」
私は、言った…
そして、そのやりとりを見た、お義父さんが、
「…お姉さん…どうかしたんですか?…」
と、私に聞いた…
私は、迷うことなく、
「…このアムンゼン…リンさんのファンなんです…」
と、言って、やった…
「…ファン? それは、知ってます…さっき、言ったじゃ、ないですか?…」
「…だから、アムンゼンは、リンさんが、横柄でもなく、威張ってもない姿を見て、嬉しかったのだと、思います…」
私の言葉を聞いて、葉敬は、アムンゼンを見た…
そして、
「…それは、よかった…」
と、一言。
その言葉を聞いて、今度は、
「…良かった?…」
と、リン当人が、口にした…
「…なにが、良かったんですか?…」
「…リンさんが、思っていた通りの人間で、良かったと、言っているんです…」
と、私。
「…私が、思った通りの人間って?…」
「…明るく、元気で、人柄がいい…」
私は、言ってやった…
適当に、言ってやった…
実は、この矢田は、リンのことは、わからん…
よく知らん(笑)…
しかしながら、チオガールをしているから、
言ったのだ…
だから、こう言ってやったのだ…
チアガールをしているから、
「…明るく、元気で、人柄がいい…」
と、言ってやったのだ…
チアガールに限らず、運動をしている体育会系の人間には、誰にも、当てはまる言葉だからだ…
これが、図書館に通うような、おとなしめの人間には、言わん…
いや、
今、リンは、自分の素顔は、文系の人間というか、おとなしめの人間だと、告白したではないか?
小説や、マンガを描くような人間になりたかったと、告白したではないか?
私が、そんなことを、考えていると、
「…明るく、元気で、人柄がいい…私も、そんなふうになりたい…」
と、リンが、ポツリと言った…
「…でも、無理…」
リンが、呟くと、アムンゼンが、
「…でも、リンさんは、いつも、それをやっているでしょ?…」
と、口を挟んだ…
当然のことを、言った…
「…だから、わざと、このメガネを外す…外して、周りを見えなくする…そうすると、別人になりきれると、いうか…本来の自分以外の人間を演じることができる…」
リンが、告白した…
「…別人になるというより、別人になりきる…」
「…」
「…ここにいるのは、普段の私じゃないと、強く自分に言い聞かせる…」
「…」
「…すると、怖くなくなる…恥ずかしくなくなる…」
リンが呟いた…
恥ずかしそうに、呟いた…
<続く>
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