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「ねぇ、育人さん? これからのことなんだけど……」
すると、育人が先に口を開いた。
「眞理子さんに話をしておくことがあります。俺、ホストとしては曲がり角の年齢が近いので引退して店長として店の運営と後進の指導にあたろうと思います」
あら、ホストって曲がり角の年齢が早いのね? 五十歳を過ぎたあたしに対する嫌味かしら? 眞理子は顔を僅かに引きつらせる。
「それで、池袋に二号店を作るって話が出てまして。オーナーからそこの店長を任されることになったんですよ」
眞理子は拍手を打つ。
「あら、おめでとう。一国一城の主じゃない。お店移っても通うからね」
育人は周りを気にしながら、眞理子に耳打ちを行う。
「実は、店長就任と同時に同級生と『結婚』することになりまして…… 眞理子さんにも紹介したいのですが、お時間の方を作っていただけますか」
育人はあたしから独立をするのか…… 母としては喜ばしい。しかし、恋人としては極めて悲しい。
眞理子は双眸より涙を流した。その涙は随喜の涙か、悲恋の涙か。
育てるものはいつまでも傍に置いてはおけない。ピグマリオンとガラテアのようにいつまでも一緒にいられる筈がないのだ。
人を育てても、自分の思い通りにはならない。愛や金を注ぎこめばあたしに感謝をし、愛してくれると思っていたのは、あたしの傲慢にして独り善がりの幻想に過ぎなかった。
誰かを「育てる」ことに見返りを求めてはいけない。そんな当たり前のことに気が付かなかった自分の未熟さには反吐が出る。呆れるばかりだ。
育人と一緒になりたいと言う浅ましい見返りを求めるがために、育人を育てていたあたしは最低だ……
あたしは「No.1ホストを育てる」と言う夢を見ていた。そう思うことにしよう。
眞理子の夢は儚い恋を生み、歌舞伎町に散るのであった……
おわり
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