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「って訳。わかった?」
「はい、面白い話でした。ピグマリオンが報われた話で良かったです」
「このお話だけど、聞いての通りのいい話だからオマージュもされているのよ。そうねぇ、オードリー・ヘップバーンが出演いたマイ・フェア・レディと言う映画の元ネタと言うのが有名かしらねぇ」
それを聞いた育人は呆然とした面をしてしまう。
この顔はマイ・フェア・レディどころか、オードリー・ヘップバーンを知らないと言っているようなもの。
どうやら、この子は外見を良くする以外にも教養を身に着けさせる必要がありそうだ。
それを踏まえて、お客様は育人に尋ねた。
「さっき、あなたのことを『ガラテアみたい』って言ったけど意味は分かったかしら」
育人は二秒ほど黙考し、答えを導き出した。
「ただの人形ってことですか?」
「そう、ピグマリオンは一本の象牙を削り出して人の形にした。つまり、自分の理想の女性を育て上げたの。マイ・フェア・レディも花売りの田舎娘を一人前のレディに育て上げていく話よ。だから、あたしもあなたを一人前…… いえ、No.1ホストに育て上げてみせるわ」
お客様がそう宣言すると同時に、黒服が時間の終了を伝える。
「お時間です。ご延長の方は」
「今日はいいわ。会計お願い」
そして迎えた送り指名。ホストクラブの外まで見送るホストを指名して選ぶのだが、言うまでもなく育人が指名された。
その別れ際、育人はお客様に礼を述べる。
「今日はありがとうございました。えっと…… あのー、その……」
「何よ、ハッキリ言いなさい?」
「そう言えば、お名前の方を預かってなかったですね」
「うっかりしていたわ。あたしは疋田眞理子(ひきた まりこ)」
「お綺麗な名前ですね」
育人はその名前に聞き覚えこそあるものの誰であるかは思い出せかったために、とりあえず名前を褒めておくことにした。
その褒め言葉を聞いた眞理子は鼻でフンと笑う。
「どんな漢字かも知らないのに、よくもまぁ適当は褒め言葉を言えたものね。ここはあたしの名前の漢字を尋ねるなり、自分から名刺を渡して名刺交換を促すものよ。ホントにあなた、ホストとしてはダメダメね。それと、名刺だけど接客中に渡しなさい」
「あ…… すいません……」
育人はこう言いながら、背広の内ポケットの中に入れていた名刺を眞理子に渡した。
「こういう内罰的なところも嫌い。こうやって謝ればどうにかなるのは男同士の体育会系ぐらいよ。もう私には謝らないで」
眞理子は名刺を差し出した。その名刺に書かれていた肩書は小説家。
その瞬間、育人は眞理子が数千万部を売り上げる女流作家であることを思い出すのであった。
ホストの界隈で言うところの、お金を多く使ってくれる客「極太客」である。
「あ…… はい……」
「あなた、明日は出勤?」
「はい、夕方からです。店の掃除があるので早めに来ますけど」
「明日、掃除は休みなさい。あたしと同伴出勤すれば、出勤時間遅れても問題ないでしょ?」
「は、はい……」
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