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「パジャマは寝るときに着るもの。着替えなさい」
「イヤ」
「イヤじゃなくて、こっちの部屋着を着て」
「イヤッ」
「着替えなさい!」
「イーーーヤーーー!!」
最後は金切り声。
我が家の王子様は絶賛イヤイヤ期。
幼くてわがままな息子を王子様に例える話ではなく、ガチの王子様。
そして私は彼の母親。マジで王妃。
朝起きてから小一時間たつが、私と我が子ベイクはこんな感じでにらめっこを続けている。
私が普段着のドレス姿なのに対し、ベイクはスモック風の白っぽいパジャマ。彼の足元には小太鼓型の丸くて意外と固いクッションが落ちていた。今のところベイクは拳を握りしめて仁王立ちしている。案外気づいてないかもしれないが、私の視線が一瞬でもクッションに向いたらどうなるか。すぐさま拾ってぶん投げてくるかもしれない。
先日がそうだった。ベイクはかんしゃくを起こし、手近にあったクッションをつかんで思いっきり投げてきた。顔面にまともに受けた私はそのまま気絶してしまった。幼いとはいえ男の子。意外と力はあるし、手加減無し。だからといってクッションごときで気絶なんてありえない? クッションだって、石のようになるまで中身を詰めたら重いし固い、当たれば普通に痛いです、はい。
目が覚めたのは三日後。
気絶と睡眠違いがよく分かりました。下手したら永眠の可能性もなきにしにあらず。
あと、これがきっかけで前世の記憶もよみがえった。
前世の私は彼氏いない歴と年齢が一致するアラサー女子だった。
今の私にはなくても困らない情報だわ、これ。
両手で子供服の肩をつまんだまま、我が子ベイクと向き合ったまま固まっているが、「子供と向き合う」ってこういうことじゃないと思う。
しかし、もう一言二言私がなにか言ったら、ベイクは確実にかんしゃくを起こして、足元のクッションを投げつけてくるかも。でなければ床に勢いよく寝っ転がって両手両足を激しく振り回すのだ。
これは、なんというか、詰んだ。
ちらりと横を見れば、少し離れたところに乳母が立っている。彼女も若干困ったような顔をして黙っていた。
壁際にはメイドさんが数人待機している。こっちも、なんともいえない表情をしている。
この部屋はベイク用の子供部屋なんだけど、やたら広く感じる。運動会は無理としてもテニスくらいならできそう。それに、タンスや棚、ローテーブルに椅子、ベッドにいたるまで、家具はどれも高級品。
前世の私の部屋とは大違い。ワンルームマンションで、ベッドを置いたらもう満杯だった。思い出してがっかりする情報だわ。
そんなしょっぱい記憶から「あきらめろ」という情報が出てきた。「むしろ着替えさせるな」とも。
同時に「あきらめたら試合終了」という言葉も。
いや、どっちだよ。
そりゃまあ確かに私も我が子と一日中にらめっこしているわけにはいかない。家事はすべてメイドさん達がやってくれるからいいとして。王妃なので「国の母」という役割も果たなければならない。意外と忙しいのよ、王妃は。
あれ? なんか目的が一致した。
前世の記憶ではうまくいくっぽい。とても信じられないがダメ元でやってみようか。
「じゃあお母さんはもう行くけど、着替えないで。絶対着替えないでね」
と声をかけた。
ベイクは怒り顔から一転、ぽかんと口を半開きにした。
何か言うのを待たず、私は乳母に子供服を手渡し、彼女にも着替えさせず、ベイクがケガしないよう見守るだけにとどめるよう指示した。
そして本当に部屋を出た。
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