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その、ほんの数分後だ。
「お……お、オミナ様。オミナ様、赤さま、オミナ様、どこですか!? オミナ様!!」
頭を掻きむしって右往左往するヤスモリにぶつかられたカーターが、畳の上におしりをついたまま、ぽかんと彼を見上げることになったのは。
ヤスモリはぶつかったことにすら気づいていないようだった。ただただ畳の上を走り回り、ふとんをめくり、押入れを開け、あらゆるものを畳に放り出している。
「オミナ様ーーーーっ!! 赤さまーーーーっ!」
「ヤス……ヤスモリさん、落ち着いてください」
頭の上にザブトンが飛んできた。受け止めながら、カーターはできるだけ落ち着いた声を出そうとする。
「オミナ様も赤ちゃんも、ここにいるはずなのですね? たまたまここにいないだけかもしれないじゃないですか。探しましょう、外かもしれませんよ」
「今日の今日にご出産されて、外になんか出るものですか! それにそれにそれにそれに、なななな何もない。オミナ様の使っていたものも何もかも、すべてがない。痕跡がない」
「え――」
あああーとヤスモリは頭をかき回す。障子を荒く引き開ける。障子が外れてあらわになった縁側の先には、果樹の植わった庭が広がっている。人はいない。
「ヤスモリさん、それは……オミナ様が消えたと?」
「言わないでください! 言わないでください! オミナ様! 赤さまー!」
「あの、でも、あれはなんでしょう?」
カーターは尻もちをついたとき、枕の下に紙がはさまっていることに気づいていた。指し示すと、ヤスモリは四白眼でそれを凝視し、がばっとかがみこんだ。
「――」
しばらくして紙から目を離したヤスモリは、ぐったりとうなだれているように見えた。
「あの、なんと書いてあるのですか」
「ご自分で読んでください……」
「すみません、ポーニン語は話せますが、読むのは得意ではないのです」
ヤスモリは小刻みに震え出す。これを私に読ませるのですか、という小さな呟きが聞こえたような気がしたが、それでも彼は、どこか投げやりに紙を両手で持ち直した。
『ポーニンのみんなへ
あたしはこっちのポーニンが滅びかけてるってきいて、2100紀に分岐した世界から渡ってきてあげました。なんかかわいそうかなーって思ったし、こっちに来たら絶対女神さま扱いだよってみんなが言うから。
でもさあ、来てみたら、250年変わってないねってかんじだった。
なによ、オミナ様って。あたしの価値って女であるだけ? 子ども産んでたらそれでいいの? あたしの名前や、どこから来たか、消えた女たちがどんな思いで消えて今その子孫がどこにいるか、あんたたち知ってんの? ていうか知る気あんの?
くっだらなーいと思ったから、子どもはここでは育ててやらない。連れてあっちに帰ることにしたから。
あんたたちは滅びていいよ。じゃあね』
「オゥ……」
カーターは天井を仰いだ。
ヤスモリが畳に突っ伏し、やがて大きな大きな泣き声が響き渡った。それが赤子の泣き声でないことをカーターは憐れんだ。できることはそれしかなかった。
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