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彼はその庭で、愛を育てている。
幼馴染みの薫くんは、白い大きな洋館に住んでいる王子様みたいな男の子だ。
あ、もう高校生だから男の子、とは言わないのかしら。
初めて会った日に恋に落ちた。私の初恋の人。
薫くんが初恋っていう女の子はいっぱいいると思う。幼稚舎、初等部、中等部と、毎年バレンタインは大盛り上がりだった。
でもきっと高等部に入った今年からのバレンタインは、薫くんは女の子からのチョコは受け取らないんだろうな。
そう思いながら、放課後の学園の中庭でカメラのファインダーを覗くと、チョコレートコスモスがようやく涼しくなってきた風に揺れていた。
深い深い紅色の花びら。
あの庭には、この花はなかった。きっと今頃は秋バラが咲き始めている。
名のある庭園にも負けないくらい美しい、彼の家の彼の庭は、綺麗すぎて胸が痛くなってしまうから、ここしばらく足を運んでいなかった。
「ね、みなちゃん。すっごいキレイでしょ?」
そう言った裕ちゃんは、ほんとに嬉しそうにキラキラした笑顔をしてた。今も可愛い裕ちゃんだけど、その時の、小学生だった裕ちゃんは天使みたいに愛らしかった。
「薫が造ったんだよ、この庭! すごいよね!」
「え?! 薫くんが?!」
びっくりして薫くんを見たら、薫くんは照れた顔をしてフイと横を向いた。
薫くん家の広いお庭の一画に造られた可愛い花園。
マーガレット、ゼラニウム、プリムラ……
色とりどりのお花がキレイに並んで咲いていた。
あれ? このお花たちって……
確か、裕ちゃんが鉢植えで買ってきて枯らしたお花だ。
裕ちゃん、お花生けるのは上手だけど、育てるのはほんとに下手なのよね。
っていうか……
「裕ちゃんの好きなお花ばっかりなのね、薫くん」
「……裕那が花を枯らして泣くから……」
照れくさそうにそう言った薫くんは、花を見ている裕ちゃんを目で追っていた。
いいなぁ、裕ちゃん
薫くんにとって裕ちゃんは特別な友達なんだなぁ
その時は、そう思った。
それからも、その小さな庭に薫くんは裕ちゃんの好きなお花を植えていった。
紫陽花、七変化、沈丁花
入口にはアーチを造って、つるバラを這わせた。
おうちの仕事の手伝いや学校、同じく幼馴染みの弘くん家の道場での稽古とかですごく忙しいはずなのに、薫くんの庭はいつもキレイだった。
一年草は季節ごとに植え替えられ、多年草や低木は少しずつ大きくなっていった。裕ちゃんはいつも嬉しそうに花を眺めたり、「うちで生ける」と言って摘んでいったりしていた。
それを、薫くんが見ていた。優しい目で。
どうして薫くんは、裕ちゃんのためにここまでするのかしら
お家が隣同士で、生まれた時からの幼馴染みの2人。
先に生まれた薫くんは、裕ちゃんのお兄さん的役割をずっとしていた。
初めて会った時、薫くんは裕ちゃんを守るように背中に庇っていた。
羨ましいくらい薫くんは裕ちゃんを大事にしてる。
それが、薫くんのお庭のお花に表れていた。
愛情をたっぷり注がれたお花たちは、誇らしげな顔をして咲いていた。
「ねぇ、薫くん。ちょっと裕ちゃんに過保護すぎない?」
長じるにつれ、電車内でよろけかけた裕ちゃんを支えてあげたり、荷物を持ってあげたり、寒い日は上着やマフラーを貸したりする薫くんに、お兄さんを通り越してもっと深い感情が見えるようになってきていた。
それに伴って、裕ちゃんを見る薫くんの目に切なげな色が混じるようになって、薫くんのお庭はますます綺麗になっていった。
もうその頃には、私は薫くんの気持ちに気付いていた。気付いていて、気付かないふりをしていた。薫くんが花を育てながら同時に何を育てていたのかももう分かっていたし、大きく花開く予感もしていた。
「当たっちゃったなぁ、予感」
昇降口から、薫くんと裕ちゃんが出て行くのが見えた。
ぴったりと寄り添って仲良さそうに歩いて行く。
はっきりとは聞いていないけれど、この夏の間に2人は兄弟のような幼馴染みから、さらに親密な関係になっていると思う。
もう一度ファインダーを覗いて、チョコレートコスモスを一枚、写真に収めた。
もう少し気持ちが落ち着いたらまた、薫くんの家の裕ちゃんの庭のお花を撮らせてもらおう。薫くんが裕ちゃんのために造った、裕ちゃんへの愛に溢れたあのお庭。
今はまだ行けない
深く濃い紅色の花の前にしゃがんで、もう一枚アップの写真を撮ってみる。
今の私には、この花がふさわしい。
チョコレートコスモス
花言葉は『恋の終わり』
了
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