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中編
冒険者組合の食堂にルシリスを連れて行ったら、やっぱり大騒ぎになった。
「へぇ。この子、ルー姉にそっくり。かわいい!」
「こんにちわ。おねえさん」
「あら、ちゃんと挨拶もできるんだ。えらいねぇ、ちびルーちゃん!」
受付や給仕の女どもが、キャーキャーとルシリスに群がっている。
変なあだ名までつけやがってさ。
最初は親戚の子が尋ねてきた……的な言い訳も考えたんだが、ルシリスとあたしは似すぎてた。
結局、あたしが産んだ子ってことにしたけど……マリリスが聞いたら怒るだろうな。
辺境の女は、十代半ばには出産を経験するのが当たり前で、あたしは今年で二十五歳……違和感はない。
「いやぁ、おどろいた。お前にうちのチビより大きい子が居るなんて」
声をかけてきたのは、二年前に街の鍛治屋と結婚し引退した元弓兵のジナ。
経験と実績を買われ、今はこの町の冒険者組合長を任されている。
「ははは。まあ若気の至りってやつさ。父親はわかんねぇけどな」
こう言っとけば、それ以上誰も追及しない。この界隈で深入りはご法度だ。
「いいじゃないか。子供は若い時に産んでおくに限る。私は今になって大変だからな」
ジナの腕の中では、乳飲み子がスースーと寝息を立てていた。
「ジナ、私はあの子を連れて旅に出るよ。また戻ってこれるかは分からない」
「それは、お前の子供と関係があるのか?」
「…………」
「門番にも気付かれず、いつの間にか町に現れたあの子は、一体何者なんだ?」
さすがはかつて【碧眼の知勇】と呼ばれたジナだ。
「いや、本当にあたしの子供らしいわ。前の拠点、ルデオ火山辺りから来たらしい……もうわかるだろ?」
ジナとはこの町に流れ着いて以来の戦友で、互いに色んなことを話してきた。
「やはり魔女の仕業か……この町で大人しく子育てする気は無いようだな」
「なーに、ルシリスを元の家に帰すついでに、赤龍を今度こそぶっとばしてやろうって思ってな」
「お前も二つ名を許された【上位冒険者】だ。勝算はあるんだろ?」
「もちろんさ。あたしが抜ける冒険者組合のほうが心配だよ」
「ふっ。この町の冒険者は皆、お前の背中を見て育った。私だって居るから心配はいらない」
……そう言ってもらえるのは、光栄な限りだ。
「ただし、お前も親なんだから子供には責任持つんだ。命をかけて守ってやるんだよ!」
「へっ、わーってるよ。まかせとけ!」
「ルシーダはお嬢様育ちだからな。子供に色々と教えてやれ」
「ジナ! その秘密は誰にも言うんじゃねえぞ!」
我が子をあやしながら、ジナは不敵に微笑んだ。
――数日後、皆に見送られながら、あたしとルシリスはルデオ火山に向け旅立った。
辺境から辺境へ。まともにいけば一年はかかる長い旅路だ。
おまけに子連れときているから、街道を歩いて旅するのは危険すぎる。
ただし、前と違ってあたしは上位冒険者だ。
上位冒険者なら単独で護衛の依頼が受けられるから、商人の護衛をして、馬車を乗り継げば旅路はかなり短縮できる。
そう単純に見積もってたんだが……早速、子連れ旅の洗礼を味わった。
当然だが、あたしとルシリスの歩幅が違いすぎた。
「おとーさん、まって!」
あたしに置いて行かれない様に、小走りで駆け寄ってくるルシリス。
これでも気を使ってゆっくりと歩いているつもりだが、気付けば少しずつ離れてしまう。
大丈夫かって、ルシリスに問いかけたが、
「大丈夫です。がんばって歩きます!」
って、一辺倒でよ。
どうやらあたしに似て、根性はあるようだ。
あたしの足なら一時間の道を二時間かけて、交易ルートに位置する近隣の大きな街にたどり着いた。
とりあえずここに宿を取って、旅の準備を整える予定だ。
「疲れたか? 少し買出しに行ってくる。宿で休んでろ」
そう言ってルシリスに視線をやると、どうにも様子がおかしい。
「どうしたんだ……ちょっと見せろ!」
あっちゃー。こいつはひどい靴擦れだ。
かかとの皮がえぐれて、血が滲むどころか滴り落ちている。
確かにルシリスの靴は長旅向けのものじゃなかったが、この街で買い直せばいいと思っていた。
「ずっと我慢していたのか、お前……」
ルシリスは涙をこらえながら、コクリと頷いた。
子供は大人に負けじと、時には意地になって無理をするって、思い返せばそうだったな。
親の役割は子供を見守って、無理をさせすぎない……そういうことか。
手持ちの回復薬を傷口にかけながら、“親の責任”ってジナの言葉が頭に浮かんでた。
それから準備を終えて、この街の冒険者組合に顔を出すと、よさげな依頼がいっぱいあった。
ワケありの子連れ旅とはいえ、二つ名持ちの上位冒険者様は引く手数多だ。
交渉は上手くいき、すぐに依頼はまとまった。
整備された石畳の上を馬車が進んでいく。
見晴らしのいい平原の街道ならそこまで気を張る必要もない。
まあ、こんなのは街の近くだけだ。
街と街の間にはいくつもの難所があり、そこを魔獣や盗賊どもが狙ってる。
「おとーさん、この先に狼型の魔獣が……六匹くらい待ち構えてます」
「……お前、それがわかるのか?」
「はい。【探知】の魔法は得意です!」
そもそもマリリスの子でもあるんだ。魔法適正を持ってても当然か。
あたしでも気配くらいは感じられるが、魔獣の種類までわかるのはありがたい。
ルシリスの能力は思った以上に高いらしい。
「旦那、魔獣が待ち構えてるようなんで、ちょっと先に殺ってきます」
と、こんな感じで旅は思った以上に順調に進んだ。
このペースなら、さらに一ヶ月は旅を短縮できそうだ。
旅の途中。夜営で焚き火にあたりながら、
「ん……」
あたしの膝枕で寝息をたてるルシリスに、毛布代わりの外套をかけてやった。
まだ数ヶ月の付き合いだが、ルシリスは本当に手のかからない子供だ。
マリリスの教育が良かったんだか、そもそも魔女の血を引いているからか……その両方だろう。
でもそんな聡い子供ですら、あたしの手を煩わせる本当に色んなことがあった。
街で迷子になるくらいから、盗賊相手に人質にされかけるなんてものまで……数を上げればきりがない。
ただ、そんな困難を乗り越えるたびに、親心ってやつは大きくなっていくんだ。
言い換えれば母性ってやつか? はは、まさかそんな高尚なもんがあたしの中にも宿っているとはね。
あたしが十歳の時に【力の加護】を授かって、そのまま逃げるように実家を出て十五年……。
家柄だけは大したもんだったが、子供を出世の道具のように扱う貴族な父親のようにはなりたくなかった。
……あたしは、ちゃんと“おとーさん”してるかな、マリリス?
「やっと着いたか……」
辺境の町を旅立ってから五ヶ月。
旅は天候にも恵まれ、思ったよりも早くルデオ火山最寄の街【ルデオス】にたどり着いた。
「ルシリス、あそこに見えるのがルデオ火山だ。そのふもとにお前が居た“魔女の隠れ家”がある」
「うん、知ってる。はやくママに会いたいよ、おとーさん」
さすがに五ヶ月の間に、バカ丁寧な口調だけは直してやったが、“おとーさん”呼びはもうあきらめた。
さて、ここからルデオ火山まで数日はかかるだろう。
あそこは赤龍の巣。そのふもとに行くことすら、そう簡単じゃない。
正直、この五ヶ月の旅路よりもよっぽど大変なんだよな……どうすっかねぇ。
「おとーさん、こっちこっち」
ん、ルシリスが手招きをしている。視線の先は路地裏の突き当たり。
「そんなところでどうしたんだ?」
「いつもママとお買い物に来た時は、ここから行ったり来たりしてたんだ」
と、ルシリスの身体が、壁の中に吸い込まれていく。
「もう【転送陣】の魔力が残り少ないみたい。早く、わたしの手につかまって!」
「お、おう!」
手を掴んだ瞬間、壁の中に引きずり込まれて……気付けば懐かしき魔女の住処、その一室にいた。
「本当にすごいもんだな。魔女の魔法ってのは……」
「ママ! 戻ったよ!!」
ルシリスは嬉しそうに、マリリスの元へ駆け出していった。
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