後編

1/1
前へ
/4ページ
次へ

後編

 何だか家の様子がおかしい。  手入れが行き届いていたはずの植物たちが、皆枯れ果てている。  床だって腐って抜けそうなほど痛んでいる。  マリリスの奴……まさか、もうこの家から出て行ってしまったのか? 「おとーさんっ! 早くきてぇ!!」  ルシリスの叫び声。  床を壊さないように、気を付けながら後を追った。  居間は半壊し、部屋の中まで蔦が這い巡らされていた。 「おかえり……なさい…………早かったわね……」  そこにはロッキングチェアに座ったまま動かない、変わり果てた魔女の姿があった。  漆黒の髪は真っ白に変わり、身体はまるで骨と皮だけでやせ細っている。  両足は蔦と一体化し、一体いつからこうしていたのかわからなかった。 「マリリス、何があった?」 「ママ、ママ、ママァ…………」  と、ルシリスは涙をボロボロと流しながら、母親にすがりついた。  その頭を愛おしそうに撫でるマリリス……その手にはもう力がない。 「限界だったのよ。この身体は……ルシリスをあなたに任せ、ここで……朽ち果ててもいいと思ってた……」 「なんなんだよ。せっかくここまで来たのに意味わかんねぇよ!」 「……そうね。あなたには知る権利がある。その前に――」 『【睡眠】』  マリリスの指先がかすかに輝くと、ルシリスは母親にすがりついたまま眠りに落ちた。 「幼いこの子に全てを聞かせるのは酷だから……」  と、マリリスはか細い声で語り始めた。 「魔女は不老不死……だけど不滅の肉体は存在しない。だから何十年もかけて己の新しい肉体を育て、次の身体を準備をする。そして七年前――」 「あたしが死にかけたせいだろ?」 「ええ……あなたは過去一番の逸材だった。いつかは赤龍を倒してくれると確信した。……守護する龍を失えば魔女は役目から解放される。だからあなたが死にかけたとき、私は迷わず次の身体となる素体と、あなたのお腹から取り出した生命の素を合成して、あなたが失った部分を……作りなおしたの」 「そうだったのか……」 「一種の賭けだった。だけどね、それは思っても見ない結果につながった」  マリリスは撫でる手を止めて、ゆっくりと視線をルシリスに移した。 「使い残した素体が魂を宿して成長しだしたの……それを見つけた私は、自分のお腹の中にそれを移し、育て、産み落とした」 「ルシリスだな……」 「ええ、私達の愛しい我が子……でもね、私がこのまま消えたら、きっと【魔女機構(ウィッチズ)】があの子を私の後釜に据えようとするでしょう」 「……なんだ、話は簡単だ。あたしが赤龍を倒しちまえばいいのか」 「ふふ、理解が早いわね……。龍が倒されれば、溜め込んだ魔力が周囲に放出される。それを吸収すれば、この劣化した身体も元に戻るはず」  ふーん。シンプルでいいじゃねぇか。  赤龍とのタイマンに勝ちさえすれば、全てが丸く収まるってわけだ。 「今なら試練は全部無視(スルー)できる。赤龍を倒してきて……私は少し、この子とお昼寝するわ……――」  マリリスは薄ら笑みを浮かべたまま目を閉じた。 「いよいよか……」  準備を終えて、この家の裏にある“魔女の試練”へと向かった。  マリリスが言うとおり、七年前は死ぬほど過酷だった数々の試練は消えうせて、今はただのまっすぐ伸びる坑道となっている。準備運動にはちょうどいい。  坑道を抜けるとそこには、 『ギャアァァァァァァァァ!!!!!!!』  赤龍がこちらに牙を剥き、威嚇の咆哮が戦いの合図となった。  その名の通り赤い色をした硬質な龍鱗。赤熱化したするどい牙と角。  大きさはせいぜい農耕馬の二倍程度だが、獰猛さと俊敏さが尋常じゃない。  翼が無いから空に逃げないのはいいが、逆に息をつく暇がない。 「へへ、赤龍さんよぉ、家族持ちの強さってやつを教えてやるよ!」  七年間、修行に明け暮れて行き着いた【力の加護】の極意。  意識を敵に向けるではなく、己の身体に身を任して無心となる。  気付くより早く。意志より早く。意識より早く。無意識より早く。  そして“身体”が“思考”を超えて……神速が完成する。 「うわあぁぁぁぁりゃぁぁ!!!!」  意識が肉体に沈む。  肉と刃が弾けあって、世界が白んでいく。  もはや敵意も何も関係ない。  ただ己の身体を信じて、ひたすらに剣を振るう。 【紅髪の流刃】の真骨頂……そして、あたしは考えるのすら止めた。 「……さん…………おとーさん……おとーさん!」 「ぐっ!?」 「うわぁー、おとーさん!!」  身体がバラバラになりそうなくらい痛い。  気付けば、涙でボロボロのルシリスが、あたしに寄り添って泣いている。 「おい、赤龍は……」  身体を起こし、辺りを見回すと、 「ルシーダ……あなたの勝ちよ、おめでとう」  目の前には黒髪の魔女と、横たわった赤い龍の亡骸。  ああ、そうか。  やったんだな、あたし。 「おとーさん、ありがとう。大好きだよ」  ――あたしが赤龍を倒し、魔女マリリスは龍の守護者から解放された。  そして一ヵ月後。  赤龍との戦いで負った傷も癒え、私たちは街で今後の身の振り方について考えていた。 「この先【魔女機構(ウィッチズ)】の干渉を受けるかもしれないわ」 「でも、わたしは“おかーさん”みたいな戦士になりたい」 「おいルシリス、今なんて――」 「あの失礼ですが、あなた様は“ルシーディア・エンファス”様ではございませんか?」  なんだ、それはあたしの昔捨てた名前(フルネーム)じゃないか。まさか……。 「おお、苦節十五年……やっと見つけましたぞ、お嬢様!」 「……じ、爺や!!」  どうやら、一難去って、また一難。  今度はどう乗り切ろうか……なあ、ルシリス。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加