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03話「兄貴分の苦悩」
翌日の朝、陸は目を覚ましても、昨夜の楓の言葉が頭から離れなかった。
『――兄貴が好きなんだ』
その真っ直ぐな瞳。真剣な声。いつもの冗談や軽口ではなく、本気の告白だったことが痛いほど伝わってきた。
「……あいつ、なんなんだよ」
ベッドに寝転びながら、陸は天井を見上げて呟いた。
自分に向けられたその想いが本気だということは分かる。けれど、どう受け止めればいいのか分からなかった。
「ただの弟分だろ。子供のころからの……」
そう思おうとしても、楓の笑顔や、少し照れた顔、そして告白したときの真剣な表情が頭から離れない。
陸は深くため息をつくと、起き上がり、服を着替えた。今日は散歩でもして頭を整理しようと思ったのだ。
☆ ☆ ☆
商店街を歩いていると、見慣れた制服姿が目に入った。――楓だ。こちらに気づくと、少し驚いたように目を見開き、それから真っ直ぐに駆け寄ってきた。
「兄貴!」
「……楓。また、寄り道か?」
「違うよ。俺、兄貴に会いに来たんだ」
陸は苦笑したが、内心は昨日の出来事をどう話すべきかで動揺していた。楓は迷いのない目で陸を見上げると、開口一番に放つ。
「昨日のこと、ちゃんと考えてくれた?」
陸は思わず言葉に詰まった。周りには人の目もある。楓がこんな場所で話をするとは思わず、戸惑いが顔に出た。
「……お前な、そういうのは軽々しく言うもんじゃない」
「軽々しく言ったんじゃない! 本気で言ったんだよ!」
楓の声が少し大きくなり、陸は慌てて周囲を見回した。近くを歩いていた老夫婦がこちらをちらりと見て、興味なさそうに去っていくのを確認し、陸は小さくため息をついた。
「分かったから、落ち着け。ここじゃ話しにくいだろ」
歩き出す陸の後ろを、楓がついていく。
そして商店街を抜けた先の静かな路地で、ようやく立ち止まる。楓は陸の背中を見つめながら、一歩前に出た。
「兄貴、俺、本気で兄貴が好きなんだ」
「……楓」
陸は息を呑んだ。楓の声はいつもの明るさとは違い、どこか静かで、けれど揺るぎない決意が感じられるものがゆえに。
「だから、ちゃんと考えて答えてほしい。俺は、絶対に諦めない」
その言葉に、陸は視線をそらした。
「……そんな簡単な話じゃないだろ。お前と俺は……」
「兄弟分だって言いたいの? でも俺は、兄貴のことをずっとそういう風に見てない」
楓の言葉に、陸は心のどこかが動くのを感じた。けれど、それを認めるのが怖かった。
「……少しだけ時間をくれ」
ようやくそれだけを絞り出すと、楓は少し驚いた顔をしてから、ゆっくりと頷いた。
「分かった。待ってるから」
笑顔を見せる楓を見て、陸はまた心が強く揺れるのを感じた。
家に戻り、陸はソファに深く腰掛けた。目を閉じると、楓の顔が頭に浮かぶ。
「待ってる、か……」
楓の真剣な姿が胸に残り、消えない。
陸は深い溜息をつくと、自分の中で芽生え始めた感情を振り払おうとするように、静かに呟いた。
「……どうするんだよ、俺」
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