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小鬼の大群が雄叫びを上げながら進軍していた。 その数は数十匹。 尖った鼻と耳を持ち、緑色の肌をした怪物――ゴブリンの軍勢の向かう先には、小さな村がある。 村に住む者たちは、これまで戦いとは無縁の人生を送ってきた者たちだ。 棍棒や剣で武装したモンスターに襲われたらひとたまりもない。 男や年寄りは殺され、女子供は陵辱(りょうじょく)されるのは確実だ。 そのゴブリンの行軍を、偶然通りかかった冒険者パーティーが見つける。 「あのゴブリンの群れ、村に向かってるんじゃ……」 黒髪の女――シグリーズが声を殺して言った。 被っていたフードを脱ぎ、持っていた弓を握る手の力を強める。 彼女の声を聞き、共にいた男三人が振り返った。 一人を除き、あとの二人はうんざりした顔をして言う。 「だろうな」 「あんな雑魚(ざこ)ほっとけよ。それよりも急がねぇと、魔王軍との決戦に間に合わねぇだろ。ただでさえウチらは遅れてんだからよ」 先に口を開いたストーンクリークは、その細い目をさらに細め、もう一人の――小柄ながら筋肉質な男バヴィンフィールドが唇を尖らせる。 黙っている大男――パレスインターは、特に表情を変えることなく、三人の様子を静観している。 彼女たちのパーティーは、魔王軍との最後の戦いに向かっていた。 突如現れた魔王によって結成された魔物の軍勢と、人間たちが戦い始めて数十年。 多くの者が武器を手に取り、冒険者として魔王軍の討伐を目指して旅に出た。 そして、世界中から集まった冒険者パーティーが手を組み、ついに魔王を追い詰めていた。 シグリーズたちは、その戦いに参加しようと向かっている途中だった。 「でも、私たちがなんとかしないと村の人たちが……」 「お前はいつもそうだ!」 弱々しいながらも自分の意見を口にしたシグリーズに、バヴィンフィールドが声を荒げた。 それでも誰も彼を止めようとも、シグリーズを庇おうともしない。 ストーンクリークは面倒くさそうに槍に寄りかかり、パレスインターは両腕を組んで俯くだけだ。 「そうやってお前がいちいち足を止めるから、ウチらは何年経っても無名のままなんだよ!」 「確かにそうだな。小さい村とか町での騒動に首を突っ込み続けて、気がつけば俺らも三十だし。魔王は無理でもせめて幹部くらいは倒しておきたいとこだよ」 バヴィンフィールドに続いて、ストーンクリークが口を開いた。 彼の表情を見るに、もう自分たちのパーティーでは、魔王を倒すことはできないと言っているようだった。 バヴィンフィールド、ストーンクリーク、パレスインターの三人は、魔王を倒そうと故郷を出た者たちだ。 夢を掲げ、英雄になるのだと飛び出したはいいが、うだつが上がらないまま十年以上が経過し、末端の魔王軍と小競り合いを続ける立場に収まっている。 それはシグリーズも同様で、彼女は十八歳の時に生まれた村を飛び出したはいいが、雑魚相手に日銭を稼ぐ冒険者でしかなかった。 そんなシグリーズも旅に出てから十年が経ち、現在は二十八歳――男たちと同じくこのパーティーが最後になると思いながら戦いを続け、ついに魔王軍との最終決戦へ参加する機会を得た。 ここで名のある魔物の首の一つでも取らなければ、これまでの人生が無駄になる。 誰も口に出して言ったわけではないが、シグリーズたちのパーティーにはそんな空気が流れていた。 「でも、みんなだって苦しんでいる人を救いたいから冒険者になったんでしょ……。だったら、ここであのゴブリンの群れを倒さなきゃ!」 シグリーズは引かなかった。 今、村を救えるのは自分たちだけだと、彼女は仲間たちに訴える。 それは、このパーティーを組む以前から――。 シグリーズが冒険者となって旅に出てから変わっていない、彼女の信念からだった。 「だからそういうことばっかやってるからウチらはクソパーティーなんじゃねぇか、あん!? ああいう村をいくつも救ってよ! ウチらが報酬という名の(いも)をもらってる間に、他のパーティーはドンドン名をあげてよ! それで今のウチらはこのザマじゃねぇか!」 しかし、そのこだわりがパーティーの活動の足を引っ張り続けている。 最初のうちこそパーティーの仲間たちもシグリーズの考えに賛同していたが、明らかに割を食う場面でもろくな報酬のない戦いを続ける彼女に対して、彼らにも疑念や嫌悪の感情が出てきた。 それはバヴィンフィールド、ストーンクリーク、パレスインターの三人だけではなく、シグリーズがこれまでに組んだ冒険者たちにも共通していることだ。 それも当然といえる。 そもそも冒険者になる人間というのは、名声や一攫千金を狙っている者がほとんどだ。 魔物によって苦しんでいる人々を救いたい気持ちがないわけではないが、芋よりも宝石のほうがもらって嬉しいだろう。 だが、それでもシグリーズは続け、バヴィンフィールドはそんな彼女に苛立ち、ついに溜まっていた感情が爆発した。 「小さい村ばっか救ったって英雄になれねぇんだよ! お前だって魔王を倒すために冒険者になったんだろうが! このまま最後の戦いにまで参加できなかったら、底辺冒険者のまま旅が終わるんだぞ!?」 「もちろん魔王を倒すつもりだよ! でも、それと救える人たちを見捨てるのは別の話でしょ!?」 「別じゃねぇから揉めてんだよ、バカ!」 言い争いを始めたシグリーズとバヴィンフィールド。 そんな二人を見て、呆れたストーンクリークは側にあった岩に腰を下ろしている。 パレスインターのほうは俯いたままだったが、突然彼の肩に一羽の鳥が飛んできた。 鳥に気がついたストーンクリークが、ふとゴブリンの群れのほうへと視線を動かすと、小鬼の大群は慌てて引き返し始めていた。 いや、引き返すというより逃げ帰っているように見える。 そんな光景を見たストーンクリークが驚いていると、パレスインターは肩に乗った鳥の足に括りつけられた手紙を手に取った 「やめろ、二人とも」 「あん? テメェはすっこんでろよ。黙ってりゃ賢く見えると思ってる奴が口出すとこじゃねぇぞ」 「……魔王が死んだ。アムレット·エルシノアという青年によって倒されたそうだ」 「え……?」 パレスインターは魔王軍と戦っている冒険者から手紙が届いたと言い、その内容を仲間たちに話した。 魔王が倒されたからといって、すべてのモンスターが消えるわけではないが、これで世界は平和になる。 しかし、それは彼女たちの旅が終わることを意味していた。 「そっか……。それは、よかった……ね……」 シグリーズは仲間たちに背を向け、慌てて逃げているゴブリンの群れを眺めていた。 きっと魔王が倒されたことを、ゴブリンの群れも知ったのだろう。 どんな方法かはわからないが、ともかくこれで村は救われたと彼女は笑みを浮かべる。 「本当に、よかった……」 そう呟いたシグリーズの目には涙が流れていた。 やがて笑顔は崩れ、彼女は地面に屈しながら呻くように泣き出す。 「ごめんね、ノルン……。私なんかを選んでくれたのに……。本当にごめん……」 シグリーズ·ウェーグナー。 彼女は女神ノルンの加護を受けた選ばれし者だった。 しかし、魔王が別の者に倒されたことにより、シグリーズが女神の願いを叶えることは永遠になくなってしまった。 シグリーズは何に泣いているのか。 世界が平和になったことか、または成し遂げられなかったことへの悔しさか。 理由はどうあれ、彼女の冒険者としての旅はここで終わることになった。
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