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父と娘と殺し屋と
スズキは自室で懸垂をしているフッコに声をかけ、すぐにリビングルームへ来るよう伝えた。
トレーニングの邪魔をされた彼女は不機嫌な表情でやってくるものの、待ち受けていた父の面持ちからただならぬ空気を感じ取り、静かに彼の向かいの席に腰を下ろした。
そのまま何も言葉を発しないスズキに痺れを切らせたフッコが恐る恐る口を開く。
「なに?」
彼は大きくひとつ、ため息をこぼしてから、
「お前、明日誕生日だよな」
「そうだけど?」
「幾つになる」
「二十歳」
無言で数度うなずいたスズキは意を決したように語り出す。
「フッコ。お前が二十歳の誕生日を迎えるに当たり、お前に伝えなければならないことがある」
そこで彼女は察した。父の真剣な表情。二十歳という区切りの歳。きっとあのことを告白するに違いない。ならば逆に自分から告げてやろうとフッコは思った。
「もしかして、私たちが実の親子じゃないってこと?」
その発言にスズキは目を丸めた。
「え?お前、知っていたのか?」
「当たり前でしょ。私とお父さん、似なさ過ぎだもん」
「いやでも、お母さん似ってこともあるだろ」
「私が小さい頃に死んじゃったって設定の?」
「設定?」
「だってそんな人、存在しないでしょ」
「それも知っていたのか?」
「今はなんだって調べればわかるのよ」
フッコは腰を上げながら、
「話はそれだけ?私トレーニングの続きをしてくるから」
「いや、そうじゃない」
彼女は怪訝な表情でゆっくりと腰を下ろした。
「え?なに?」
「俺はこれまで、俺が持つ知識と技術の全てをお前に教えてきたつもりだ」
「うん」とフッコはまじめな顔で頷く。
「二十歳の誕生日を迎える前に、お前はこの家を出て行かなければならない」
「は?」
「そして俺とお前、互いに命を狙いあわなければならない」
「なんで。どうしてそんなことしなきゃならないの」
「決まりだからだ」
スズキは殺し屋を束ねるある組織に属していた。そこに籍を置く殺し屋は皆、身寄りのない子供を育てることを義務付けられていた。その目的は二つ。ひとつは幼い頃から殺しのテクニックを教え込み、一人前の殺し屋に育てること。そしてもうひとつは普通の親子として、一般社会に溶け込むこと。
「子供が成長し、二十歳になったタイミングで、親は組織に残るために更新試験のようなものを受けなければならない」
「それが私との殺し合いってこと?」
「そういうことだ。期日は一週間。俺がお前を殺せば試験に合格だ」
仮に合格したとしても、親はまた新しい子供を一人前にするため育て始めなければならない。そしてその子が二十歳になったとき次の試験が始まるのだ。
その話を聞いた彼女は呆れたように首を振った。
「じゃあ、逆に私が勝てばどうなるの?」
「お前が俺のコードネームを引き継ぎ、スズキを名乗って組織に入ることになる」
「そうなったら、今度は私が子供を育てなきゃならないってこと?」
「そうなるな」
「一週間で決着がつかなければ?」
「二人とも組織に追われることになる」
フッコは苛立つように立ち上がり、右往左往しはじめた。しばらくそうしてから彼女はテーブルに両手を着き、スズキに顔を近づける。
「ねえ。逃げよう」
「組織を甘く見るな。必ず見つかる」
「でも私、お父さんのこと殺せないよ」
「フン」と苦笑を浮かべたスズキは、
「お前、勝つつもりでいるのか?」
「違う。そう言う意味じゃない。殺し合いなんかできないってこと」
彼女は跪くとテーブルの端にあごを乗せ、上目遣いで父の目を見る。
「お父さんはできるの?私を殺すことができるの?」
しばし二人は視線を交えたまま微動だにしなかった。
やがて諦観の笑みとも取れる表情を浮かべたスズキはゆっくりと立ち上がった。
「とにかく、今日中に出て行け。話はこれで終わりだ」
取り付く島もなく、スズキはリビングルームを出て行った。
フッコはテーブルに顔を伏せたまま、肩を震わせていた。
深夜。地方都市に残る昭和の面影を残した古びたアパート。その二階の角部屋のドアの前で、二人の男が囁きあっている。背の低いほうがムロ、高いほうはイトウのコードネームが与えられていた。
「全く。俺たちから逃げ切れるとでも思っていたのかねぇ、あいつらは」
「万が一の可能性に賭けたんだろうよ」
イトウはドアの前で膝をつき、鍵穴に特殊な金属を差し込んでいる。
「おい、まだか」
「もう、すぐ……。ほらあいた」
「よし」と言ったムロがサイレンサー付の銃を構えると同時に、イトウがドアノブに手をかけた。
二人は目で合図を送りあい、イトウがドアを開けた瞬間にムロが音もなく中に忍び込んだ。
人の気配はしない。ムロが土足で上がり込むのに続きイトウも室内に入ってくる。その手にも銃が握られていた。
彼らが立っているのはダイニングキッチンだ。その奥に一室。左側には二室ありそうだ。上から見れば田の字型に部屋が並んでいるようで、その右下部分の位置にいることになる。
しばらくその場に留まってから、彼らは二手に分かれた。部屋の中央に置かれたテーブルを回りこむようにムロは奥の部屋へ、イトウは左手の部屋に向かう。
左の一番奥の部屋まで足を踏み入れたイトウは肩の力が抜けたように銃を収め、相棒の名を呼んだ。
彼は姿を見せたムロに「どう思う?」と問いかけながら懐中電灯で床を照らした。
スズキとフッコが倒れていた。二人の頭部には銃創があった。それぞれの手に銃が握られている。
「おいおい相討ちかよ。どっちからも連絡がないわけだ」
「違うね。よく見ろ」
イトウが指差した先。倒れた二人がそれぞれ銃を持っている方とは反対の手。その手がしっかりと握り合わされていた。
「げ。これって恋人つなぎってやつか?」
ムロは靴の先でスズキの頭を小突きながら、
「ってことはこの野郎、血のつながりはないとは言え娘とデキていやがったのか」
「まあ、情死ってやつだな。結ばれないならあの世で、ってね」
「こいつ、殺し屋育てずになに育ててんだ」
「そりゃ、愛でしょ」
その台詞で顔を見合わせた二人は、
「寒っ」と声をそろえ、腕を抱えて部屋を出て行った。
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