弟子②

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弟子②

今日は師匠の傍で、その仕事を見せてもらう。 弟子入りして早数か月。 普段は師匠の身の回りの世話をしながら、この世界の習慣や禁止事項を体に染み込ませている。 最初に言われた通り、師匠からは何も教わっていない。 今回は師匠の技を盗む貴重な機会。 今までに何回もその技術を目の当たりにしてきたが、今回の僕は特別な決意をもって参加している。 師匠は仕事に入る前、表情を消し、目を閉じて数秒、動かなくなる。 静かに漂う緊張感。 ゆっくりと目を開けると、そこにはいつもとどこか雰囲気の違う師匠がいた。 僕は師匠の一挙手一投足を目を皿のようにして注目する。 周囲を入念に警戒するように動く視線の先を追い、何に注意を払っているのか盗む。 工程ごとの体の向きや角度、重心の滑らかな移動など体の使い方を盗む。 いざ、最重要工程に進む際の指先の細かな使い方を盗む。 師匠は満員電車の中、向こう側を向き吊革を掴むサラリーマンの後ろにピタリとつくと、走行する電車の大きな揺れに合わせて素早く財布を盗む。
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