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師匠
「僕を弟子にして下さいっ!」
俺の目の前で深々と頭を下げる青年。
青年と言うには幼過ぎる外見で、少年と言っても通じるだろう。
俺は今まで弟子など取るつもりもなく、自分の生活のためだけにスリを行ってきた。
最初は何のことを言っているのか分からない、という体を装っていたのだが、
「あなたのスリの技術は素晴らしく、その技を是非とも習得したいのですっ!」
と、目を輝かせて意気込む青年の姿は、若い頃の自分を見ているようで放っては置けなかった。
スリという職業柄、その場その場の状況で判断が変わる。
時には実行せずに撤退することもある。
スリの技などマニュアル化出来るわけもなく、
「手取り足取り教えてもらえると思うな!見て盗むんだ!」
こう言って誤魔化すしかなかった。
日々、身の回りの世話をさせているが、この青年は礼儀正しく、何事も要領よく、覚えるのが速い。
俺の言うことは何でも疑うことなく二つ返事で引き受け、速やかに完遂する。
とにかく、非の打ち処のない好青年だった。
この青年の何よりすごい所は、俺がスリだと見抜いたことだ。
俺の存在は警察にも同業者にも知られていない。
被害者にも犯行自体知られず、ひっそりと犯行を行っていたのだ。
その俺をスリだと見抜く洞察力を持ち、これだけ仕事の出来る青年をスリに仕立て上げるのは気が咎める。
いつしか俺は、この青年に真っ当な道に進んでもらいたいと思うようになっていた。
そして、どうにか、この青年をスリから身を引くように仕向ける方法を考えつき、自分の長財布に手書きのメッセージを仕込んだ。
了
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