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「あんた全然売れないわね……」
咲き誇る花々の中に混じるサッカーボールサイズのサボテンが一鉢。
同時期に仕入れた花や他の食虫植物は売れて行ったのに、このサボテンだけは未だ店先に残っている。
ちなみに仕入れ時はソフトボールくらいだったので、私の栽培がうまかったに違いない。
「まったく……そんなトゲトゲしてるから売れ残るのよ? 一人ぼっちで可哀想なやつね」
カランカラン……。
どうやらお客さんが入店してきたようだ。
「いらっしゃいませ~」
営業スマイルを浮かべて振り向くと、若い男女の2人組だった。
「ねえ、ダーリン? 私に似合うお花はどーれ?」
「はは! まかせろハニー。とっておきのお花をプレゼントしてやる!」
テンション高めなお二人さんだ。
人目もはばからず手を絡め、抱き合って、チュッチュしおってからに……。
「店員さん、ハニーにふさわしい花はどれかな?」
男が手を上げて私を呼んだ。
「え……」
あんたがハニーに選ぶんだろ? 口走りそうになった言葉を飲み込む。
どんなのでもお客様は神様。
「そうですねぇ……」
私は笑顔を張り付けたままハニーを見る。
どちらかと言えば可愛い系のお方……素体としてはチューリップとかひまわりとか似合いそうだけども……人目をはばからずいちゃつくところはちょっと……てか私、コーディネーターじゃないんだけど?
「では、こちらはいかがでしょうか」
考えた末にバラの花をチョイス。
情熱と愛を意味するこの花は男性から女性へのプレゼントに適している。
おそらく失敗はないだろう。多分。
「店員さん」
男はじっと私を見据える。
「な、なんでしょう?」
もしや早く買って帰ってほしい心を見透かされたか?
男はぐっとサムズアップ。
「ナイスだねぇ~! ハニーにぴったりだよ! どうだいハニー?」
「ダーリンが言うんだもの、間違いないわ!」
ひしと抱き合う二人。
「…………」
別に羨ましくなんてない……この空間だと独り身の私の方がおかしいのかと錯覚しそうになっただけ。
私は笑顔のまま店の奥を示した。
「お会計はあちらです~。佐々木さんレジ~!」
「はーい」
店の奥から元気な声が返ってきた。
カップルたちは満足げにバラを抱えてレジに向かう。
ふう、やっと通常業務(水やり、植え替えetc……)に戻れる。
「はは、次は何処に行こうかハニー?」
「ダーリンと一緒ならどこでもいいわ!」
薔薇の花を購入したカップルたちはイチャイチャしながらドアを開け、店を出ていく。
「ありがとうございました~」
はよ帰れ、と笑顔で頭を下げる私にハニーが振り向き、唐突に尋ねてきた。
「店員さん彼ピは?」
「……いませんけど」
何故今それを聞く?
するとハニーはどこか勝ち誇ったようににんまり。
「うっそ~、いないの~? 美人さんなのにもったいな~い! 私達の幸せをわけてあげた~い!」
……こ、この女!! 幸せマウントをとるためにワザと振り向いた!?
「こらハニー! 駄目だぞそういうことは思ってても口に出しちゃ!」
「ごめんなさ~い……」
「でも俺はハニーのそういう素直なところ大好きだけどな?」
「ダーリン……好き!!」
奴らはイチャイチャしながら店を後にする。
「……後で塩撒かなくちゃ」
カップルお断りの看板でも窓ガラスに張ろうかしら……。
なんて真剣に考えていると、佐々木さんに声を掛けられた。
「あの、店長……相談があるんですけど」
「ん、なに?」
すると佐々木さんは『辞表』と書いてある茶封筒を差し出してきた。
私は目玉が飛び出そうになる。
「え、ど、どうして?? 佐々木さんお花屋さんになるのが夢って……だから私のところでバイトしたいって……」
あと、バイトは辞表なんてださなくていいのよ?
困惑していると、佐々木さんは頭を下げた。
「ごめんなさい店長……! 私、彼にプロポーズされたんです。だから……」
カランカラン!
入り口の扉が強く開け放たれた。
「涼子!」
「和君!!」
ビジネススーツの男性が店に入ってきて、佐々木さんとひしと抱き合った。
佐々木さんは彼の腕に抱かれながら私に申し訳なさそうに告げる。
「そういうわけで、バイトはやめます。すみません店長……」
「えっと、その……お幸せに……」
私は茫然とそれしか言えなかった。
窓の外はとっぷり夕暮れ色に染まっていく。
節電の為に消灯した閉店後の店内にて、私はサボテンの前に椅子を持ってきて、缶ビールを開けた。
「今日も一日お疲れ様……」
サボテンに話しかけると大きくなると聞いたことがあるので、閉店後に話しかけるのが私の日課だ。
まさかサッカーボールサイズになるとは思わなかったけども。
ちなみに、佐々木さんはあの後彼氏さんに連れられて結婚式会場の下見に行ってしまった。
また新しいバイトの子見つけなくちゃ……。
「あんただけね、変わらずにそこにいてくれるのは……」
乾杯とサボテンに缶ビールを軽く当てる。
しゅわしゅわしたこの液体を喉の奥に一気に流し込む。
この瞬間が一番生を実感する。
「ぷはぁ……!!」
私は花屋の店主として一心不乱に働いてきたつもりだ。
これまでの人生が間違っていたとは思えない。
でも、幸せそうなカップルたちを見ていると、なんか、こう……。
「は~~~~、彼氏欲しい……」
二本目を開ける。
私だって色々頑張ってるのに。
合コンしたり、結婚相談所いったり……。
でも、なかなか趣味が合う人はいない。
良いなって思っても向こうがダメだったり……。
そりゃ、花屋ならワンチャン店先で出会いがあるかもしれないって淡い期待もあるけど……大概は恋人だったり、奥さんだったリ、冠婚葬祭用の花を求めてだったリ……。
「私のどこがダメなのかしら……あんたはどう思う?」
三本目に口を付ける。
酔いが回ってきたのか、ほほが若干熱くなってきた。
勿論、サボテンからの返事はない。
一人で飲んでもつまらないので、ここらでじょうろの水をかけてやる。
サボテンのトゲに水滴がついて、月明かりに照らされる姿はいつもより……。
「あれ? なんかつぼみみたいなのが膨らんで……」
視界が揺れてるから酔っ払っての見間違い? それとも……。
じっとサボテンを見た私は、目を見開いて思わず椅子から立ち上がった。
「なっ……!?」
確かにサボテンのつぼみが膨らんでいる。
自分でもわからないけど、なんかショックだった。
「だ、だめよ! あんたはずっと変わらずにいてくれなきゃ!! 何色気づいてるの!? 私を見捨てる気!? 裏切者!!」
植木鉢を揺する。
だが、サボテンは答えない。
当たり前の筈のその態度に私は腹が立ってしまった。
「着飾って、男を誘惑して独り身から脱出する気!? 育ててやった恩を忘れたの!? もう知らない!! 水もくれてやらないんだから馬鹿!!」
私は手早く荷物をまとめ、戸締りをし、店を後にする。
その後、どうやって自宅に帰ったのかはわからない。
「うう~、二日酔いだわ……」
翌日、出勤。
昨夜は飲み過ぎた。
サボテンに八つ当たりする夢まで見たし……。
でも私は花屋の店主。
いつものようにエプロンを付けて、じょうろに水を汲み、花々のお世話を開始する。
ほどなくして、私はじょうろをとり落とした。
「……夢じゃなかったのね」
サボテンが美しい花を咲かせていたのだ。
少しの嬉しさと凄い寂しさが私の胸の内を駆け巡る。
……きっと近いうちにこのサボテンは誰かの手に渡る。
「あんた、いい人に買われなさいよ」
サボテン離れする時がきたのだ。
私はじょうろを拾ってサボテンに微笑み、そして気づいた。
「あら?」
花を咲かすサボテンの影に小さなサボテンが……。
私は両ひざを着き茫然と地を見つめる。
「子持ち……だと!?」
サボテンに先越されたんですけど!
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