4.雪に溶けられたら

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4.雪に溶けられたら

 この涙を見られてしまったら、彼はきっとまた言うだろう。「肇を忘れる」と。  そんなのは……絶対に駄目だ。 「花、すごく綺麗で。肇みたいだって思ったらなんか……懐かしくて」 「うん」  ささやかな声が返ってくる。その彼に背中を向けたまま、南波は冷気に強張る頬を叱咤し、口角を上げる。 「やっぱり生花っていいね。きっと肇、喜んでるよ」 「うん」  短い応えだけが返ってくる。  雪はもう止んでいる。でも冷気が喉を塞いで、声が、滲みそうだ。 「孝貴さん、肇のために、ありが……」 「南波」  硬い声が名前を呼ぶ。背中で孝貴が立ち上がる衣擦れの音が響く。 「帰ろうか。ここは寒い」 「……ううん。久しぶりに来たんだし、もう少し話してあげて」  目尻に指を触れ、確かめる。うん、涙は止まっている。自分は、大丈夫だ。  すうっと息を吸う。冷えた空気が喉を冷やし、わだかまっていた心も凍らせてくれる。  ゆっくりと振り向いて南波は笑う。 「先に車、戻ってる。だから孝貴さんはゆっくりして」  孝貴の唇がなにかを発しようと開く。南波は急いで目を逸らす。  彼にこの場で気遣わせてはいけない。  この場所では、いけない。  そそくさと身を翻し、南波は雪道を戻り始めた。積もる雪を蹴るようにして坂道を下る。最初はゆっくり、徐々に足を早め、気が付くと全力で走っていた。  深い雪は白く、視界を滲ませる。吐き出される自身の息を見ながら思った。  自己嫌悪の色とはきっと白なんだろう、と。  そのとき、ずるり、と足元が滑った。あ、と踏ん張ったが、踏み留まれなかった。前のめりに倒れ、しこたま腕を打った。雪の質も細かそうだし、痛みはそれほどではないかと思っていたのに、水気が多い雪だったせいか、打ち付けた腕は鈍く痛んだ。 「いた……」  呟きは白に吸い込まれ、誰にも受け止められない。無音の中、南波は雪の上にうつぶせになったまま、ふふ、と乾いた笑い声を漏らす。  硬い雪を手袋のない手で掴む。冷たさと硬さで掌がじりりと痛んだが、それでいいと思った。  このままここに転がっていたら……罪も心もすべて凍り付いてくれるだろうか。  肇のように……綺麗な人間になれるだろうか。  止めたはずなのに、涙が、出た。  どれくらいそのままでいただろう。不意にぐい、と誰かの手によって肩が掴まれた。そのまま乱暴な手つきで雪の上に引き起こされる。呆然と視線を手の主へと向けると、険しい顔をした孝貴がすぐそばに膝を突いていた。
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