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2.本物の、彼
「相変わらず雪、すごいな」
白に閉ざされた細い道をそろそろと上りながら、孝貴がぼやく。先に歩く彼が刻んだ足跡を瞳に焼き付けるようにしながら南波は、そうだね、と返した。
彼の足跡だけを目に入れていたいのに、視界を掠めるのは、孝貴が手に提げた花束。
白いマーガレットを束ねたそれを孝貴は時々、胸に抱えるようにして進む。
儚いそれを冷たい空気から守ろうというように。
彼がその仕草をするたび、ちりりと胸が痛みを訴える。そして……そんな自分に南波は激しく憤る。
肇が孝貴にこそ自分のことを覚えていてほしいと思っていることを、双子の弟である南波はちゃんとわかっている。だから……孝貴が肇を大切に心に留めておいてくれることをうれしいとも確かに感じているのだ。なのに、同時にこうも思ってしまう。
肇を記憶に留め続けるのは……自分だけでいい、と。
マーガレットが揺れる。薄い花弁はそのまま、肇のように見えた。
じゃあ、自分はなんだろう。
「南波?」
呼びかけられ、南波ははっと顔を上げる。数歩先に進んでいた孝貴が首を傾げていた。
「大丈夫か?」
「大丈夫」
条件反射のように笑顔を浮かべて言うと、そう、と頷いてから孝貴は再び歩き出す。
小高い丘の上に墓地はある。雪が多いこの辺りではこの時期の墓参りを皆避けるのか、常ならば空気にほんのりと混ざっている線香の香りもない。ただ閉じた雪の香りが空気を染めるばかりだ。
雪かきも満足にされていない小道を進み、目的の墓石の前までたどり着いたところで、南波はふっと息を呑んだ。
積もり放題の雪のせいで、半分埋もれた状態の墓石の前に花が活けられていた。とはいっても随分前に活けられたものなのか、白い百合と思しきそれの上にも、雪は容赦なく積もっている。
だがしばらく見ていて気づいた。これは……。
「造花……?」
「ああ、あるんだよ。この辺りは雪が深いから。生花にしちゃうと、手入れ大変だからさ」
肇同様、この地で育った孝貴はこともなげに言い、花立に立てられた造花はそのままに、手にしたマーガレットを墓石の前にそっと置く。
「知ってて、花、持ってきたの?」
訊ねると、墓石に積もった雪を払いながら孝貴が横顔だけでひっそりと微笑んだ。
「まあ。ちょっと供えたら持ち帰るつもりではいるけど。肇、この花、好きだったし。少しでも本物の花、見たいんじゃないかって思って」
本物の花。
つきり、とまた胸が痛んだ。
孝貴の手によって丁寧に横たえられたマーガレット。
雪にその身を閉じられ、呼吸ひとつなく静かに世界を見つめている……偽物の百合。
偽物の。
「南波?」
反射的に笑おうとした。けれど目論見とは裏腹に、頬が痙攣するのを止められなかった。
駄目だ、と思ったのに、雫が頬に落ちた。
とっさに孝貴に背中を向ける。滑り落ちたそれを素早く手の甲で押さえる。
「ごめん。ちょっと」
見られるわけにはいかない。孝貴にだけは、見られてはいけない。
あの日のことを思い出し、南波は涙を瞼の裏へと押し込めようとする。
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