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3.罪の始まり
今日のように雪が分厚く地面を覆いつくしていた日だった。たどり着いた駅のホームも完全に白に沈んでいて、歩くたびに雪が足元で軋んでいた。
つかず離れずのような曖昧な関係を続けながら、孝貴とふたりで旅行をした翌朝だった。
眠る彼に何も言わずに南波は民宿を出て駅に来ていた。
彼の前から姿を消すために。
それまでは、彼が南波の向こうに肇を見ている気配をありありと感じていた。なにせ一卵性の双子だ。亡くした恋人とそっくりの面差しを目の前にして、なにも感じないでいろというほうが無理な話だ。
だから……孝貴が自分と肇を重ねて見ていることを感じても、南波はなにも言わないようにしていた。そうすれば……一緒にいられると思ったから。
なのに。
「南波、好きだ」
昨夜、孝貴は南波に告白をしてきた。
肇の影をまったく瞳に孕まずに、南波だけをまっすぐに見据えて。
瞬間、怖くなった。
肇じゃないのに。
兄の恋人と知りながら、彼の傍にい続けられるような、汚い人間なのに。
本当に、いいの?
俺で、いいの?
はっきりとした罪の意識に、目の前が暗くなった。
だから、逃げ出したのだ。眠る彼を置いて。
けれどそんな自分が見たのは、肩で息をする貴貴の姿だった。
「お前が一緒にいてくれるなら、肇のこと俺は忘れる」
孝貴にとっての肇は……初恋であり、忘れると宣言したとしても忘れられるほど安い存在なんかじゃ絶対にない。なのに追いかけてきた彼はそう言った。真面目で堅物で……できない約束をすることはないこの人が。
孝貴の本気を知れば知るほど……怖くなった。孝貴と個人的に言葉を交わすようになったのは、肇が亡くなって九年も経ってからだ。でも、何年経とうと彼が肇の恋人だった事実は消えない。
自分にとって、肇が大切な家族だった事実もまた。
「忘れちゃ、駄目、だよ」
肇に申し訳なくて……涙が止まらなかった。
その南波の涙を止めたいと思ったのだろうか。
「ふたりで覚えていないか」
そう、彼は提案したのだ。
その彼の精一杯の言葉に、南波は飛びついてしまった。
苦しくても。怖くても。自分も覚悟を決めるべきだと思ったから。
……たからこそ、今自分が泣くわけにはいかないのに。
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