0人が本棚に入れています
本棚に追加
今の時代、密やかな戦争状態と言われている。ゲームを悪用した戦争利用、情報操作、増え始めた特殊能力者の取り合い、人造人間研究……建前は防衛のため。防衛といえば何でも許されるような風潮。気に入らないがそれでお金をもらっている身としては受け入れるしかない。黒のマリアは強い戦闘能力を持つ国の守りとして生み出された。あえて生身の人間に近くすることで対抗勢力を怯ませる意図もあるだろう。本当に胸糞悪い。
「着きました」
殺風景な部屋だ。無機質で、白くて、何にもない。ささらはまじまじと拘束されて中空にいる存在を見つめた。基本の肌色は白く、顔の上半分は黒い岩のようなもので隠れている。たまに剥きだされる歯も黒い。爪と唇は濃いピンク。爪は鋭い。わぁぁ! と泣き叫ぶような声は高く、とても響く。
「力加減ができないので拘束を外せないんです」
言い訳するように青野が言う。ささらはぽつりと呟く。
「チューライトみたいなピンクだな」
同僚に石好きがいて色々見せられた中の色によく似ている。青野は驚いた顔をしていた。
「怖く、ないんですか?」
「怖いより哀しい、かな」
「…………あの子に、名前を付けてあげてくれませんか」
「? 黒のマリアじゃないの」
「それはプロジェクト名です」
それもそうかと頷き、考え込む。自分のネーミングセンスが良いとは思えなかった。愛称のようなものでもいいのだろうか。どちらにしても却下されると思いながらささらはひと言。
「ちゅら」
黒のマリアがまるで聴こえたように顔を上げた。瞳も濃いピンクだ。チューライトのピンク。周囲に緊張が走る。暴走を警戒している。目が合ってしまったささらはもう一度、今度は呼びかけるように言った。
「ちゅら」
あー、あーともどかしげに鳴く少女は拘束から逃れたいように見えた。でも、周囲は暴れると思ったら薬でも打つだろう。それは何だか嫌だ。
「ちゅら! おとなしくしなさい」
びくっとして黙ったのを見て周囲がざわめく。ささらも驚いた。言葉が通じている。言葉を解さないと聞いていたのに。小声で泣くような声がした。
「……まー……まぁぁ……」
ママ? ささらは顔を歪めた。可哀そうだ。創られた過程からいっても親はいないはずの黒のマリア。なのに、寂しがっているのがわかってしまった。
「……ママじゃないけど、ちゅらって呼んでいいかしら」
「ぅあ? まー……」
言えていないけれど、名前を聞き返そうとしていることがわかる。ささらは覚悟を決めた。見た目の怖さよりも、この子の寂しさが痛かった。
「また……来るわ」
「あー」
何だか堪らなくなってささらは踵を返した。慌てて後を追ってくる青野に振り向かないまま言った。
「私は母親じゃない。だけど……通ってあげる。あんまりにも哀れだからよ」
ささらは拳を握り締めてうつむいた。泣き出しそうだった。それを察したか青野は距離を詰めることはせず静かに礼を言った。
「ありがとうございます」
最初のコメントを投稿しよう!