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ママ
ささらはその次の日からちゅらのもとに通うようになった。相変わらず拘束されていて、近くに寄ることも許されないまでも同じフロアに。ちゅらは「まー」と一生懸命に呼んでくる。ささらは律儀に「ママじゃないけど」と返しながら絵本を読み聞かせる。情緒を育て、言葉を覚えるのに良いと保育士の友人に教えてもらったからだ。ちゅらはささらが読み始めるとじっと見入る。
「彼らはそれぞれの場所で幸せに暮らしました。おしまい」
「まー、やー! もっかー、もっかー」
ささらは目を丸くした。終わりと言った途端に声をあげたのは初めてで気のせいでなければ「もう一回」とおねだりしているように聞こえる。
「ちゅら……もしかして、もう一回読んでほしいの?」
「うー、もっかぃー」
気のせいじゃない。腕時計をちらりと見てまだ時間があることを確認する。
「仕方がないわね……同じ話よ」
「わぁー」
笑った……。初めて見た笑顔はとても可愛いと感じた。その日のちゅらはご満悦でいつの間に覚えたのか童謡を口ずさんでいたと聞く。子どもの成長は早いものねとささらは温かい気持ちになる。
このまま穏やかな交流が続かに見えたある日、任務があるから本を読めないと伝えるとちゅらは大声で泣いて、暴れて、拘束を引きちぎり、壁を一部殴りつけた。砕けた壁が危うく人に当たりそうになる。あっけに取られていたささらは我に返ると床に立って泣き叫ぶちゅらの頭にゲンコツを落とした。初めて感じたであろう痛みにちゅらは頭を押さえてへたりこむ。ささらは仁王立ちになって怒鳴りつけた。
「わがまま言わない! こんなに暴れて、壊して、怪我人が出ていたらどうする気!? 大人にはお仕事があるの! 自分勝手な子は大嫌い!」
激情に任せて言い放つとささらはそのまま部屋を出た。背後でうわぁ! と泣き声が響いた。なぜか痛む胸を軽く押さえ仕事に意識を切り替える。
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