拾った子犬が尻尾を振って迫ってくる

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拾った子犬が尻尾を振って迫ってくる

「きゅ~ん」  足元から聞こえたのはか細い鳴き声。  でも下には何もない。 「きゅ~ん」  再びの声に、どこだと探した。  もしかして……と探したのは道の脇の草むら。  雑草に隠れるように、小さな箱に入れられてたのは一匹の子犬。ガタガタと震えながら丸まって、上目遣いにこちらを見ている。  心なしか目が潤んで見える。  一昔前に流行したシベリアンハスキーっぽい、灰色の毛並みと青い双眸の淡い色彩が、薄幸そうで憐れみを誘う。  ――連れて帰る。  それ以外の選択肢はない。  僕――小鳥遊(たかなし)朝臣(あさおみ)がグレイを拾った経緯だった。  一年後――  すくすくと育ったグレイは、すごく、本当にすごく大きくなった。  脚が太かったから大きくなるだろうと、ある程度の覚悟はしていた。  シベリアンハスキーは大型犬だし。  だけど……いくらなんでも大きすぎじゃね?  後ろ脚で立ち上がれば、僕の身長くらいあって目線は少し上。  ――うーん。身長百八十センチのより大きいってのは、シベリアンハスキーにしても大きい部類だよな?  だけど可愛い。  甘える仕草は子犬のときから変わらない。  今も目があった瞬間、ベロンと頬っぺたを舐められた。 「愛いやつめ」  そう言って撫でたら、尻尾をブンブン振って喜ぶ。  * 「甘えん坊だけどな。尻尾ブンブンの構ってコール可愛いと思わね?」 「お前んとこのワンコ、狼みたいだな」 「ハスキーにしちゃ大きすぎだよなあ」   大学の学食で一緒になった友人たちが、グレイをデカすぎると言い出した。  狼のような凶暴性はカケラもない。  図体がデカイだけ。  凛々しさだってゼロだ。 「狼ってカワイイだろ?」  例えだとしてもヒドすぎじゃね?  そう返したが、大きすぎてちょっと怖いとしか返ってこなかった。 「こんなに可愛いのにな」  ドアを開けると、グレイが尻尾をブンブン振って待っている。  鍵を掛け終わるのと同時に飛びついてきた。 「ステイ、ステイだグレイ」  散歩中は言う事を聞くのに、家の中では一切命令を聞かない。  押し倒されて、ベロベロと顔中舐められた。 「賢いんだか馬鹿なのか、わからないなあ」  廊下で押し倒されたまま頭を撫でる。  飼い主的に馬鹿な子ほど可愛いってところか。 「こんなにイケメンなのに馬鹿なところとか、ギャップ萌えが激しい」  名前の由来にもなった淡い灰色の毛並みは、光の加減で銀色にも見える。明るい青い瞳も理知的だし、全体的にノーブルな顔立ち。  なのに家の中では尻尾をブンブンふりながら、直ぐに飛びついて舐め回す甘えっぷり。 「本当にダメだなあ、もう」  駄目と言いながら撫でまくる僕の方が駄目かもしれない。  でもグレイが可愛いからいけないのだ。  両手で顔を包み込み、真正面から見つめる。  ベロン。  舐められた拍子に倒れ込んだら勢いを殺せなかった。  グレイトの口づけは甘えん坊の味がした。  ぶわん!  一瞬、光に包まれる。  数瞬後、目の前というか、僕の上に裸の男が乗っていた。  色気のある美丈夫で、思わず赤面してしまう。 「――!!」 細マッチョというのだろうか。余分な肉のついていない均整の取れた筋肉質な肢体。 淡い青の瞳。 「……もしかしてグレイ?」 「そうだ、アサオミ」  声までイケメンだった。 「えっと……グレイは犬でシベリアンハスキーで……」 「間違ってる。吾は犬ではない」 「じゃあ狼……?」  ニホンオオカミは絶滅した筈。  でも……。 「半分は正解だ」  ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。  どこまでもイケメンで、男の八割くらいが嫉妬しそうな色気があった。 「吾は狼神。だから人形(ヒトガタ)もとれる」  へー、そうなんだ。  人知を超えた状況に、ただそういうものと納得するしかない。  だからと言って今の、オトコに押し倒されている状況は打破しなければいけないけど。 「父神にヒトの世界で荒波に揉まれて漢になって戻って来いと放り出されてな」  流石に世間の荒波に呑まれるには幼過ぎたと思うんだけど、カミサマの世界の常識は人のそれとは違うのか?  って、うっかり流されそうになったけど、ソレ(・・)は駄目だ。 「ちょっと、重いから退いてほしいかな。それで状況を把握したいんだけど」 「何を言ってる? 吾が番よ。今から愛し合うのに必要な接触ではないか」  ――――――――――――はぁ? 「ちょっと、ナニを言ってるかわからないな」 「何だ。そういう心算(・・)で吾を育てたのではないのか?」 「全っ然違う!」  はっきりきっぱり否定する。 「僕は間違っても犬に欲情するヘンタイじゃない! ついでに恋愛対象は女の子だ!!」 「なんだ、吾を弄んだのか?」 「言い方!」  人聞きの悪い。 「まあ良い。身体から始まる愛もあるだろう」  再び不敵に嗤うと、両腕に力を込めた。  あっさりと押し倒される。 「ちょっ……!」  犬のときとは違う舌遣いにビクリと震える。  吐息が首筋にかかる。  そして……。  アッーーーー!
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