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「おにーさん」  俺のことじゃないよな、と無視する。 「そこのアンタだよ。ちょっと家に泊めてくれない?」 「いや何でだよ」  思わず突っ込んでしまった。  安アパートのど真ん前というピンポイントな場所には、他に人影はなかった。示し合わせたかのような静けさ。俺自身も、スウェット姿で部屋からのそのそ出てきたばかりだった。  そう、状況的に俺のことだ。なんだけど、と俺はそこにいた相手に怪訝(けげん)な目を向けた。  初めて見る男の子だ。小学校低学年か、下手したらそれ以下。まさか、しがない大学生の俺を出待ちしていた訳ではないだろうが――。  とにかく、まだ学生なのにイクメンなんて冗談じゃない。 「……ウチは無理だ。他の人に聞いてくれ」  背中を丸めて、鬱々とその子の脇を通り過ぎようとする。十一月のようやく秋らしくなった風が吹き、最近構っていなかった黒髪をさらに乱した。首筋がひやっとする。短い外出とはいえ、コートを着てくればよかった。  そんな簡単な判断もつかないほど、メンタルがやられているのか――。 「待てよ、堀川」 「は!?」  ギョッとして振り返った。  男の子はこぶしをしっかり握って、意志の強そうな大きな目をキラキラさせていた。軽くパーマのかかった、センター分けの茶髪。やけにダボッとした服は、親の趣味なのか。  その見知らぬ子が、俺の名前を? 「俺のこと知ってるのか? 何で?」 「何だっていいだろ。それより、泊めてくれないの?」 「無理だって」 「こんな幼い子どもを見捨てるのか? 寒空の下で? あり得ない」 「何だこれ……とにかく、もう行くから」  気持ち早足で歩き出す。すかさず、男の子がパタパタとついてきた。 「堀川、どこ行くんだ?」 「コンビニ」 「じゃあ俺も行く。それで、俺のこと泊めろよ?」 「だから泊めないって」 「いーや、泊める」 「ついてくるな!」  一体何が起こっているんだ。どこにでもあるような閑静な住宅街で、俺達はそんな押し問答を延々と続けた。  
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