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①
「おにーさん」
俺のことじゃないよな、と無視する。
「そこのアンタだよ。ちょっと家に泊めてくれない?」
「いや何でだよ」
思わず突っ込んでしまった。
ここは安アパートのど真ん前で、俺はスウェット姿で部屋からのそのそ出てきたばかりだった。他にいるのは声をかけてきた相手だけ。分かっている、どう考えても俺のことだ。
でも、俺はしがない大学生、そこにいたのは初めて見る男の子だ。小学校低学年か、下手したらそれ以下。まさか出待ちしていた訳ではないだろうが――。
とにかく、まだ学生なのにイクメンなんて冗談じゃない。
「……ウチは無理だ。他の人に聞いてくれ」
背中を丸めて、憂鬱な気分でその男の子の脇を通り過ぎようとする。十一月のようやく秋らしくなった空気を首筋に感じた。短い外出とはいえ、コートを着てくればよかった。
そんな簡単な判断もつかないほど、メンタルがやられているのか――。
「待てよ、堀川」
「は!?」
ギョッとして振り返った。男の子はこぶしをギュッと握って、意志の強そうな大きな目をギラギラさせていた。軽くパーマのかかった、センター分けの茶髪。やけにダボッとした服装なのは、親の趣味なのか。
その見知らぬ子が、俺の名前を?
「俺のこと知ってるのか? 何で?」
「何だっていいだろ。それより、泊めてくれないの?」
「無理だって」
「こんな幼い子どもを見捨てるのか? 寒空の下で? あり得ない」
「何だこれ……とにかく、もう行くから」
気持ち早足で歩き出す。すかさず、男の子がパタパタとついてきた。
「堀川、どこ行くんだ?」
「コンビニ」
「じゃあ俺も行く。それで、俺のこと泊めろよ?」
「だから泊めないって」
「いーや、泊める」
「ついてくるな!」
一体何が起こっているんだ。どこにでもあるような閑静な住宅街で、俺達はそんな押し問答を延々と続けた。
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