「闇が育つ場所」

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今思えば、あれは昨今流行りの“〇バイト”だった…とケンジ(仮名)は言う。 医療機関及び、政府が、いや、世界が降参と両手を上げた疾病大流行で、職を失った彼は、スマホで調べた高額報酬案件(と言っても、殆どは仲介に搾取されたのが現実だが) を、こなす内に、いつの間にか個人情報を抑えられ、断る事が出来ない仕事をやらされるようになった。 「内容は文字で書いた如くの闇だった。特にそんなかでも…」 以下は彼の体験である…  スマホの指示で向かった先は、都心から離れた、山間のオンボロ団地…仕事内容は解体業者が来る前の撤収補助だった。盆地に建つそこは、一本の畦道から扇状に複数の棟が並ぶマンモス団地の廃墟群… 「住民の退去は終わってるって話だった。じゃあ、俺等は何すんだ?って思ったら、納得の光景が広がっていた」 ケンジと同じような理由で集められた数人の男達は、部屋のあちこちから飛び出ているゴミや家財道具の量を見て、大いに辟易した。 「まるで、台風でも来て、人間だけが吹き飛ばされた…そんな感じですな」 元大学教授(自称)のセンセー(愛称)が眼鏡を押し上げ、感心したように頷く。 「っせぇぞ!センセー、てか、これを全部片付けろって事かよ。ったく、ってらんねぇ」 興奮すると舌っ足らずになるタニ(仮名)が、すきっ歯をヒュー、ヒュー鳴らし、吠える。 ケンジとて同じ気持ちだ。今、足元で散乱するゴミの様子だけで、住民達の人となりがわかる。 ここに集められた自分達と同じか、もしくは、それよりにもっと下であろう、食い詰め者達の抜け殻、いや、残りカスか? いつ、ケンジが同じ立場になるとも限らない。 集まった全員が同じ気持ちなのだろう。あちこちで、ため息がこだまし、気乗りしないと言った雰囲気を存分にアピールしながら、安い軍手を嵌め、ごみ袋を揺らしながら、担当の棟に消えていく。 「それにしても、先程の入口の門、あれは」 ケンジの後ろで、首を傾げるセンセーが呟く。 入口の様子は確かにケンジも覚えていた。開ききった門は、最早、用なす事ないが、閉まれば、団地を囲む高い塀と相成って、誰一人、外に出る事は不可能と言っていいだろう。 「まるで刑務◯いや、収◯◯と言った方が」 センセーの言葉が聞こえなくなる場所まで、距離を置いたケンジは、自身と彼の杞憂を振り払うように作業へ没頭した…  仕事は単純なモノだった。各棟から集めたごみを袋に入れ、入口に置いておく。トラックは2時間に一回の割合で回収に来る。 朝8時から始め、夕方6時には終了、食事と飲み物は2回目の回収時に支給される。 勿論、ただの片付け作業…と行かない所が、ケンジ達が集められた理由である。 最初は住民の食い散らかしたペットボトルにカップ麺、ティッシュごみ、簡易ベッドや衣類と言った、一般的なゴミの片付けは、まだいい。 だが、奥の棟に進むにつれ、吐瀉物や汚物の汚れ、床にぶちまけられた、強い消毒剤跡が目立つようになってきた。 「まるで、団地の入口に近いほうが、階層的には高い、健康レベルを維持できた人達が暮らせた…そんな感じですね。勿論、こんな底辺の中では比較的、マシな方の部類の方達と言う意味ですが」 「いや、違うだろ?」 「?」 センセーの考察を、ケンジはあっさりと一蹴する。彼の見立ては筋が通るが、現実はもっと単純、短絡的なモノだと、予想がつく。 行き当たり的に生きて、こんな場所に辿りついてしまった、自分を踏まえ… 「駄目になった奴を、順に奥へ追いやった。臭いものに蓋的な感じ、それくらいしか考えてねぇよ。連中は」 「じゃあ、入口辺りの慌てようは一体?何があったんです?ここは」 そこまで、喋った時、複数の悲鳴が団地入口から聞こえてきた… 「っく!うっく!違え。奥だ。奥。奥行ったら、寝袋みてぇのが一杯あって、そんで、コイツと運んだんだ」 入口近くに設けられた…と言うより、ただ、皆が勝手に置いていった集積所で、タニが喚いている。 彼と相棒の足元には、確かに、複数のキャンプ用寝袋が置かれていた。物凄い臭気を放っているのか、遠くからでも、強い臭いが鼻腔をさす。 興奮して、さらに発音を難しくしたタニの言葉は意味不明だが、論より証拠…寝袋から除く“モノ”に何人かが、昼飯を路上にぶち撒けた。 そこに舌っ足らずの言動が被さる。 「やけに、重いと思った。袋から除いて納得…見ろ、これ。死体だぞ?焦げてて、よくわからんけど」 タニの指差す先からは、真っ黒な人の頭、 マネキンではない、この肉感は本物の… 「人ですね。焼いたのは防菌処理のためでしょうか?」 センセーの言葉に集まった者達が次々と口を開く。 「そう言えば、俺達の棟は、壁が血だらけだった」 「使い捨ての注射器と、血のついた針があったけど、それだけ…点滴とか治療用の機材がなんもねぇ、回し打ち、打ち捨てみたいな場所だった」 「コ〇ナじゃねえか?これ…」 「だとしたら、ヤベェ、早く離れねぇと」 「馬鹿、迎えがなきゃ、こんな山奥、どうやって帰る?運ばれてきた車は、窓ガムテで外見えなかったぞ?」 全員が、それぞれで怒鳴り、不安を口にしつつ、さり気なくであるが、タニとその相棒から距離を置き始める 勿論、ケンジとセンセーもだ。 徐々に立ち籠める不穏な空気に、タニが何か言おうと、口を開いた時、 唐突に寝袋の一つが立ち上がり、彼の相棒にのしかかる。 悲鳴が上がると同時に、袋から人体模型のような顔が覗く。 レア、生焼け…と言う言葉が相応しい、濁った目で、辺りを睥睨するそれの顔が横にブレた。 「っの野郎、いね!死ね!」 ごみの山から金属棒を拾い上げたタニが何度も、何度も、棒を振り上げ、打ち付けていく。 果物の潰れる音と、硬いものがぶつかる打撃音が連続する中、 ケンジ達は、示し合わせたように、無言でタニ達から離れたごみの山を漁り、梱包用の紐や、人を殴れる、投げつけれるような得物を用意し始める。 やがて… 「ってやったぞ!んなぁっ!これで解決…解決っつうっ!?」 快哉を上げるタニの顔に拳大の瓦礫がぶつけられた。 投げたのは、元甲子園で期待された 投手だった男(自称)確かに良いフォームだとケンジは思った。 袋の山に倒れ込んだタニを合図に、ケンジを先頭にした男達が動き、そこから抜け出そうとする相棒、今は完全に死んだ袋の主、それぞれを紐で拘束し、寝袋の中に入れていく。 「縛りを担当した人は、そこにある消毒液で、手を洗って、口を覆う布は言わなくてもわかると思うけど、勿論、消毒で」 センセーの手際よい指示で、全ての工程を終わらすのに、10分もかからなかった。 「センセー、タニと相棒はどうする?」 「誰か、寝袋を持ってこいよ」 「いやだね」 「そうだよ。コイツ等が担当の棟は全部、終わらせてるさ」 「じゃぁ、どうする?」 「…一緒に入れちまおう」 「死体と一緒にか?」 「そうだ」 全員が無言で頷き合うと、気絶しているタニと、相棒を比較的、焼けている寝袋の中に運び入れた。 「お前等どうかしてる。助けて、助け」 「恐らく、灯油を使ったんでしょうね。だけど、量もそんなになかったから、完全には焼けなかった。まだ生きてるのがいるのも、そのためでしょう。注射器は薬の副作用を見るための違法治験の類、だから」 袋の中で叫ぶ相棒の声を掻き消すように、音程を大きくしたセンセーが、皆に説明しながら、寝袋のジッパーを上げていく。袋が閉まる瞬間、ケンジは、こちらを見る彼と目が合った。 数分後、トラックがやってきて、彼等の雇主がゴミも寝袋も全て回収していった。 袋の中身が動くのも、お構いなしに、作業員が減っている事も、尋ねたりはしなかった。 「ここは、掃き溜め、生きている内は、あらゆる労働で酷使され、肉体すらも、誰かの金儲けに使われ、最後は…あの寝袋の中身、多分、薬の副作用が出た時に、処理したのは、入口の棟にいた人達でしょう。自分達が助かるために、仲間を殺した者だっているかもしれない。私達のように」 「まるで、蟲毒だな。殺し合って、生き残った者、毒を強くした奴だけが外に出れる。俺達も同じだ」 ケンジの応答に、センセーは力なく笑い、作業に戻っていった。 このバイトを最後に、ケンジは知り合いを通し、弁護士による法的な介入を受け、現在は正業に就いている。 団地で起きた事は物的証拠に欠けるため、彼を含め、立証は難しく、現在、更地になった土地からは、犯罪を匂わせるモノは出てこなかった。 だが、ここ最近、世間で頻発する事件を見るに、全てが終わったとは言いにくいと、ケンジは言う。 窓を叩き割り、住人を脅し、金品が得られなければ、相手を殺すと言う残虐性、白昼堂々、店に押し入り、近づく者に罵声を浴びせると言った原始的、暴徒のような犯罪行為の数々… テレビでは専門家達が経済的困窮、高収入で一般人を簡単に、犯罪の道へ誘う事が 原因と言われているが、彼の考えは少し違う。 あのバイトの日、作業に戻るセンセーがケンジに振り返り、残した言葉があるからだ。 「ケンジさん、ここを出た連中は何処へ行ったんでしょう?私達も含めて」 事件報道に、いつかセンセーが映らない事だけを、彼は祈っている…(終)
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