下僕の育て方

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 だが、いくつかの想定ミスもあった。  夫婦の会話を聞いていると、ときどき私のことが話題になる。そのとき頻繁に「背脂」という言葉が出てくるので、この家では猫の餌に背脂を混ぜるのかと冷や冷やした。  てっきり、プロジェクトチームの調査にミスがあり、この家庭の食べ物は栄養に偏りがあるのかと思ったのだ。  しかし給仕される食べ物に背脂らしきものは影も形もない。  やがて、私は彼らの言う言葉の意味に気が付いた。  よりにもよって、この夫婦は私に「せあぶら」という名前を付けていたのだ!  吾輩は猫である。名前はせあぶら。  舐めているのか!  怒りのあまり、私は爪とぎボードを一つ破壊してしまったほどである。夫婦に向かってはっきりと「私の名前は月目だ! 変な名前を付けるな!」と抗議したいとさえ思ったが、そんなことをすればここを出ていかなければいけなくなるので、グッと我慢した。  ああ! せあぶら! なんと屈辱的で悲劇的な名前であろうか!  それというのも、私の体毛が輝かんほどに白く、ふくよかな身体であったがためである!  だいたい夫婦が私のくつろぐ姿を見ていう言葉からして無礼千万である。なにが「野良だった割には太ってるね」だ! なにが「歩くと腹の肉がたぷたぷ揺れてるね」だ!  我ら高貴なる猫を外見で判断するとは何事か!  おまけにニンゲンの遊び(猫じゃらしとかいう原始的な道具を使う、野蛮なレジャーである)に付き合ってやったのに、その終わりに女房が言う言葉が「これでダイエットできたかな? せあぶら」とくる。  恥辱の日々を耐えに耐え、この家に居座るべきか、それともプロジェクトチームに撤退を伝えるべきか。この家を住処と定めてから一年が過ぎたころ、私は本気で悩んでいた。だが、転機が訪れた。    ある日の午後、最近仕事を早退することが多くなった女房が、自室のベッドで横になっていたので、健康状態を診ておこうと思った私は隣に添い寝した。従順な下僕は、隣で猫が寝ているだけでリラックスして健康状態が改善することを私は知っていたからだ。  それで、ちかごろ太り始めた女房のお腹を枕にしてみたところで、異変に気が付いた。  心臓の鼓動が二つあったのだ。一つはもちろん女房の。もう一つは、お腹から聞こえてくる。  なんと! このニンゲンの女房は、妊娠していたのだ!  新しい下僕が生まれる。これは一大事である!
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