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さて、私に会った段階でもう大人の男女であったニンゲンの夫婦を、今から教育して理想の下僕にすることは無理である。
「角を矯めて牛を殺す」という言葉もある。失礼な言葉遣いを止めさせようとした結果、猫嫌いにでもなられたら元も子もないのだ。
だが、今はまだ胎児であるニンゲンを、理想の下僕とするように教育することは十分に意義がある。
私はその日から、胎教を試みるようになった。
時間を見つけては女房のお腹に頭をこすりつけ、胎児に猫の鳴き声を聞かせる。母の胎内にいた時の安らぎと、猫の声を関連付けて記憶させるのだ。女房の方は、私が胎児に話しかけていることに気が付いたようで、笑って私の頭を撫でた。
「あなたの弟か妹になるのよ。守ってあげてね」だそうだ。ふふふ、すべて私のためにやっていることなのに、殊勝なことだ。
毎日毎日、少しずつ大きくなっていくお腹に向かって、猫の声を聞かせ続けること半年。ようやく出産の日が来て、女房は夫に付き添われて病院へ行き、やがて、丸っこいニンゲンの幼体を連れて戻ってきた。
ニンゲンが赤ちゃんと呼んでいる幼体を見るのは、これが初めてだった。我ら高貴なるネコの子供たちほどではないにせよ、ニンゲンの幼体もなかなかに可愛らしい。
私は幼体が置かれたベビーベッドの隣を新たな定位置として、下僕の英才教育を継続した。
しかしネコの子もそうだが、ニンゲンの幼体というのはなぜこんなにも弱々しいのだろうか。少し目を離したらすぐに息絶えているのではないかと思うほどだ。
日がな一日眠り、起きたと思ったら泣き、泣いたと思ったら笑い、乳を飲んでまた眠り、その繰り返し。
寝ている間に息が止まっていたらどうしようかと、たびたび私は確認しなければならなかった。おかげで私の一日の睡眠時間は平均してたったの八時間に削られてしまったほどだ。
あるときは酷い風邪をひいて、あまりにも鼻水が出て息が苦しそうだったので、鼻水をなめ取ってやる必要があった。
やっと四本脚で歩けるようになった時期には、オモチャを口に入れて遊んでいるうちに飲み込んでしまい、私は台所から女房を連れてこなければならなくなった。身体を逆さまにしてもオモチャを吐き出さないから、仕方なく私が胃袋目掛けて激しくダイブし、やっと事なきを得た。
恩知らずなことに、幼体は私のこの行為をイジワルと判断したようだ。そいつはしばらくは私を追い回して、手でぴたぴたと叩く暴力を振るってきた。
無礼は許すまじ。私はもちろん反撃し、電撃のようなネコパンチで幼体を制圧した。もちろん爪は出していない。怪我をさせるつもりはないからだ。幼体はぴーぴーと泣いて少し心配になったが、夫婦は私の行為を躾として容認した。よし。これで教育は滞りなく進められる。
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