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・5
卒業式の前日、僕は黒崎に告白した。
きっかけは、まったくの偶然だった。その日の放課後、教室に入るとそこには黒崎がいた。
ひとりで窓の外をぼんやり眺めている彼女に「帰らないの?」と声をかけると、彼女はちらっと僕の方を見て、「ああ、うん」と小さく返事をした。
「これからみんなとカラオケ行くの。わたしの家けっこう遠いから、帰らないでそのまま行こうと思って。……桐島は?」
「最後だから、先生たちと少し話してた。もう帰るよ」
鞄を手に持ってから、黒崎の方に目を向ける。彼女はもうこちらを見ておらず、また外を眺めていた。
その小さな背中を見つめる。そうしてから、僕は思いついたように、「僕、ずっと黒崎の事好きだったよ」といった。思いの他緊張せず、すんなりその言葉が出た事に自分自身驚いていた。
「……明日卒業式だから。ばたばたしてタイミングないかもしれないし、今日ここで逢えてよかった。いえてよかったよ」
これで、結果はどうあれメとの約束は果たした事になる。じっと黙っていると、彼女は「ちょっと意外だな」といって振り返った。
「桐島って、恋愛とか女の子とか、そういうのに興味ないのかと思ってた」
「どうして?」
「ほら、前に何度か一緒にテスト勉強した事あったでしょ。桐島が分からないところをわたしが教えて、わたしが分からないところを桐島に教えてもらって」
「ああ。あの時は本当に助かったよ。おかげでいい点が取れた。ありがとう」
「そうじゃなくて。あの時どうしてわたしに頼んだの? って事」
「それは……黒崎なら分かると思ったし、あの頃たまたま席が近かったから」
彼女は少し目を細めて、「でしょ」といった。彼女の言葉の意図が、僕には分からなかった。
「……何?」
「だからさ、それほど仲が良いわけでもない女子に一緒に勉強しようなんて、普通下心があると思うでしょって事。でも桐島、あの時勉強が終わったらお礼だけいって本当にさっさと帰っちゃったし、普段話しかけてくる事もほとんどなかったし。しかも訊いたら、他のコにも同じような感じらしいし」
「それって変?」
「ううん、変じゃない。むしろ良いと思うよ。男女が一緒にいるってだけでまわりから勘ぐられたりするけど、そういうの面倒じゃない? それにわたし、男女の友情アリだと思う派だし」
「僕もそう思うけど」
「うん。……だから、ね。意外だった。そういう感じで見られてた気がしないから」
彼女はまた外に目をやって、少しだけ窓を開けた。冬の冷たい空気が、教室をすっと抜ける。
背を向けた彼女が今どんな表情をしているのか、何を考えているのかは分からない。しばらく経った頃、彼女はようやく、「これ、失礼になるかもしれないけれど」と前置きをしてから、僕の事を真っ直ぐに見つめてきた。
吸い込まれそうな、きれいな瞳だった。
「――誰かにいわされたわけじゃないよね。罰ゲームとか、そういうので」
それに対して僕は――すぐには返事をする事が出来なかった。
罰ゲーム、ではない。
ではないが、告白のきっかけはメだった。
メにあんな事をいわれなければ、僕は間違っても告白などしなかっただろう。
「……」
でも。メ曰く『キミは間違いなく彼女に恋をしている』との事なので、少なくとも好きだという言葉に嘘偽りはない。
なら、何も問題はないはずだ。
「……そんなんじゃない。本当に、好きだよ」
――嘘偽りは、ない。
本当に?
「……。なら……うん。分かった」
本当に、僕は彼女の事が好きなのか?
仮にもしそうでなかったら、この行為は彼女の気持ちを踏みにじる事になるのではないか?
「分かった」
彼女がもう1度いって、静かに微笑む。
僕はそれに対し、何もいう事が出来なかった。
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