怨霊

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怨霊

ぼくは街灯の真下に立つと、迫る怨霊との距離を測った。 犬の頭を持ち、黒黒とした毛皮に覆われた邪悪な霊は10メートルほどのところで足を止めた。 この距離でもう、()えた獣の匂いと熟成されたチーズのような口臭を嗅ぐことができる。 「限界だな。早くエサを探さないと」 背後から低く唸る声が聞こえた。 ぼくのうなじの毛がぞわっと逆立つ。 同時にタバコの匂いが鼻をくすぐった。 ――いた。 ちょうどよいエサが、いいタイミングで現れてくれた。 ぼくは電動自転車に寄りかかって紫煙を吐く、路上喫煙者に向かって歩いた。 「ここはタバコ禁止だよ」 相手は何も言わず、ぼくを睨みつけた。 ――いいぞ。 ぼくはイタリー製のジャケットからスマフォを取り出し、ギグワーカーっぽい男性にレンズを向けた。 「何してんだよ」 「何って、決まってんだろ」 ――あんたを煽ってるんだよ。 「おい、写メ撮るな」 「今どき路上喫煙だぜ? 絶滅危惧種は記録に残しとかないとな」 相手はしばらくとまどっていたが、突然ぼくに飛びかかってきた。 自転車が音を立てて倒れる。 男の拳骨がぼくの頬をめがけて繰り出された――次の瞬間、邪気がぼくの背後に迫った。 人の背丈ほどもある漆黒の狼のような霊が、路上喫煙者を押し倒した。 「ゆっくり、残さず食べるんだぞ」 するどい歯の並んだ顎門(あぎと)が、火のついたままのタバコごと左手を食いちぎった。
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