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「これでよし!」
数時間かけて小さなシャベルで膝の深さまで掘った庭の穴に種をおいて土をかぶせて、ぼくはホッと安堵の息を吐いて立ち上がった。
その種は、いんべえが作り方を教えてくれたものだった。いんべえは、そうだな、ぼくの友だち、みたいなもの?
ぼくがいんべえと出会ったのは、空から落ちてきた鉛筆を拾ったのがきっかけだった。
それは2週間前、長さが2センチになっても新しい鉛筆を買ってもらえなかったぼくは困っていた。お母さんは、兄弟(お兄ちゃんと、双子の弟妹)とは違ってお母さんの子どもじゃないぼくにお金を使うのをすごく嫌がったから、2センチの鉛筆も、まだ十分に使えるでしょ、と言ったんだ。握れないし、絶対無理だと思うんだけどね。
***
ぼくを産んだママは、今から5年前、ぼくが3歳のときに、お空の国に行ってしまった。そこはとても遠いから、会いに行くことはできないって、パパは泣きながら言った。どうして遠い国に行っちゃったの? ぼくが嫌いになったの? ってぼくも泣きながら聞くと、いや、そんなことはない、ママは君をずっと愛しているよ、と言った。愛しているのにどうして離れて遠い国に行っちゃったのか、その質問への答えは、長い間もらえなかった。
それから2年後、新しいお母さんと、1つ年上のお兄ちゃんがやって来て、パパとぼくの家で一緒に暮らし始めた。パパ呼び方は、お父さん、になった。さらに1年後、双子の弟と妹が生まれて、そのころからお母さんは、お金がない、足りない、と言い続け出して、ぼくにお金をかけることを、減らすようになったんだ。洋服も持ち物も、全部お兄ちゃんのおさがり。お父さんがいない日のおかずは、お兄ちゃんと比べてぼくの分はずっと少なかった。
***
え? 空から鉛筆が落ちてきたってどういうことかって? そうそう、そうだったね。
そんなわけで、鉛筆が無くてとっても困っていたぼくのところに、あの日、鉛筆が落ちてきたんだ。高い空から、目の前に、ぽとん、って。だからぼくは、すごく嬉しかった、だって、ママがぼくのためにお空の国から送ってくれたんじゃないかと思ったから。
道に落ちているならいざ知らず、普通、鉛筆は空から降って来ないよね? だからぼくは、そのままその鉛筆を自分のものにした。鞄の奥の、裏が白い広告の束の中に紛れ込ませた。筆箱に入れると、お母さんやお兄ちゃんに見つかって、これどうしたの? とか聞かれて、最悪、取り上げられるかもしれないからね。
***
その鉛筆の書き心地は抜群だった。それだけじゃない。その鉛筆には不思議な力があった。
鉛筆を手に入れた翌日、一人だけご飯を減らされていたぼくは、お腹が空きすぎて、広告の裏にふかふかのクリームパンの絵を描いた。そしたら、それが本当のパンになって、飛び出してきたんだ!(…実は、中身はクリームじゃなくてジャムだったんだけどね。でも、味はとっても美味しかった!)
そこでぼくは、次々と食べ物を描いては食べた。ノートの絵も描いた。描いた絵はすべて本当のものになって、ぼくは夢中になって描き続けて。そのうちふと思ったんだ、生き物を描いたら、どうなるかな?
だからぼくは犬の絵を描いたんだけど、結果、犬では無くて、その絵によく似た生き物、どちらかというとかたちも大きさもネズミに近い「何か」が飛び出してきた。そして彼は名乗った、よお、おれはいんべえだ、お前は? と。
すごく前置きが長くなっちゃったけど、つまりこれが、ぼくといんべえの出会いだった。
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