親の顔が見てみたい

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すっかりと冷え込んだ日曜の朝、僕はダウンジャケットを着込んで部屋を出た。 曇った空の下、雪は上がり一晩積もった雪が屋根や道を白く包んでいるのが見えた。 アパートの北側通路から見えるのは生活道路と住宅ばか、一面に雪を被り境界線が消されている眺めだ。 二階通路から階段を降りると、一階住民の顔馴染み髭面の男性・マリさんと顔を合わせた……スコップを立てて何やら難しい顔をしている。 見ると傍らに雪だるまが一つ。 「おはようございます。雪だるまですか、良いですね」 「おはよう……ちっとも良くないです。どこの誰が作ったものなんだか」 彫りの深い髭面でムスっとしながら答えた。 「マリさんじゃないの?昨日の午後から降りはじめて積もってったんだから、随分と朝早くから作ってったみたいな……」 「作るのは勝手ですが、私の部屋の前に置くこたぁないでしょう。先生怒らないから作った人は手を上げなさい」 もちろん僕じゃない。 冗談でも手を上げたらスコップで何かされそうなの雰囲気なので揉み手をしながら「いやぁ、どこのどいつですかね、とっちめてやりたいですねー」と迎合しておくことにした。 雪だるまは結構大きく僕らの肩ぐらいの高さまであった。 顔は太い木片などで作られて眉毛の左右に鼻筋と一文字の口、目玉代わりに石が埋め込まれていた。 「厄介なもんです。どこかの子ですかね。勝手に壊すのもどうかと思いますし、どかすのもこの大きさじゃ一仕事ですし。溶けるのを待つにも建物の日陰ですからね」 雪だるまの面構えはきりっとしていて、眉間にシワを寄せているマリさんと良い組み合わせに見えたのだが作者不詳か。 「それじゃ僕、コンビニ行ってきます。下手人の情報は掴み次第お知らせいたしやす」 「分かったらきちんと始末させますよ」苦々しく答えてマリさんは除雪作業に入った。 コンビニで朝食を買った後、アパートに戻るとマリさんの姿が見えない。 雪だるまは依然としてそのまま……。 「あれ」思わず声が出た。 出がけにマリさんと話してた時に比べ大きくなっている気がするが。 大きさを自分と比較すると僕よりも背が高い。 さっきと比べて微妙に向きも変わってるように思える。 これ、雪が継ぎ足されて大きくされてるな、と察しがついた。 マリさんか?迷惑そうにしてたのに。 あたりを見ても姿が見えない。 寒いので、自室に戻るのに階段を上がった。 部屋の前で振り向いて、柵越しに上から見ると雪だるまがこっちを見てるような気がしたので敬礼をしておいた。 午後になり、切らした煙草を補充するために再び部屋から出かけたら、信じられないものが見えたので、一回戻りドアを閉じてからもう一度薄く開いて見直した。 雪だるまがちょうど二階の床と同じぐらいの大きさになっていた。 「誰の仕業だよ……」 雪玉二つを重ねて作られているので、頭を乗せるにも一人の力じゃ足りないだろうに、この大きさじゃ重機でも使わなきゃできっこない。 「誰が育ててるんだよ、これ」 関わってはいけないもの、とは理解できていた。 しかし煙草なしには人類は生きていけない。 僕はゆっくりと部屋を出て足音を立てずに通路を歩いた。 階段を降りてから、つい振り返ってしまった。 実に。 古今東西、振り返るというのは大抵よろしくない。 雪だるまとしっかりと目が合ってしまった。 人間を上から見下ろす雪だるまと睨み合っていたが、僕は我にかえって目を逸らした。 それがタイミングだったのか。 『あむ』っという声と共に、雪だるまに一口で飲み込まれてしまった。 「どうですか、下手人は分かりましたか」 雪だるまの腹の中、先に飲み込まれていたマリさんに、訊かれた。 「いえ、てんで見当もつきません。多分、宇宙人とか妖怪とか、そこいらあたりと睨んでるんですが、この通り食べられちゃいました」 相変わらず苦い顔のマリさん以外にもアパートの住人数人が飲み込まれていた。 狭い中、むさ苦しい男ばかりなので、居心地はまぁ最悪だ。 「せっかくの日曜日だっていうのに、とんだ災難だ。まったくどうしてくれよう」 住人の一人の嘆きがこだました。 「どうもこうも、このまま雪だるまの養分になるしかないようだ。しかし飲み込んだ分大きくなってるみたいだけど、また一人増えたからどれくらいになったもんか」 僕はジャケットから煙草を取り出した。 「煙草、いいですかね。もういつまで生きられるか分かんないんで」 「あ、私にも一本ください」 幸いなことに、アパートの住人に嫌煙家はいなかった。 飲み込まれた全員に一本ずつたばこが行き渡ると一人づつライターで火をともしていった。 ……内部は間も無く煙草の煙で充満した。 「誰だよ、こんな中で煙草を吸おうなんて言った奴!」 怒りの声がした。 「こいつです、こいつが犯人です」 マリさんは裏切り、僕を皆に差し出した。 「あ、汚ねぇ、自分だって吸ってたじゃんか」 僕の抗議は受け入れられず、狭い中で罵り合いと殴り合いが始まった。 ……それ以上に体内に充満した煙草の煙に耐えかねたのか、巨大な咽せる音と共に、雪だるまは腹の中から僕ら全員を吐き出した。 しきりにむせている雪だるまはわずかに大きさが萎んだようだった。 しばらく皆が呆然としていたが、立ち上がると各人が部屋に駆け出し手にスコップを持って戻ってきた。 かくて人類の反撃の狼煙があがり、壮絶な除雪が開始された。
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