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鶏の有精卵を買ってきた。一回育ててみたいと思っていた。いくつも孵っても困るから一つだけやることにして残りは食べた。無精卵なら四玉のパックがあったのに有精卵は十玉のパックしかなかったから一人で食べるのは大変だった。まあこの一つが失敗したらもう一回はやってみるだろうけれど。
家にあるものだけでできないかと考えて、水槽の一面以外を段ボールで囲って、その中にタオルを敷いて、カイロと一緒に入れてみることにした。流石に温度はわからないとまずいだろうと思ったので温度計だけは買ってきた。卵の周辺がちょうどいい温度になるようにカイロの位置を調整してやってみた。
温度を見てカイロをとりかえてたまに転がして、ということを続けて一週間ほど経った。見えるように一面は開けたけれど、よくよく考えると卵そのものは生まれるときまで変化がないからあまり面白いものでもなかった。まあ温度に変わりがないかを見るためには開いてる方がいいから必要なことではあったけれど。
二十一日ほどで孵化するらしいからあと二週間ほどだろうか。孵ったらどうするかを考えていないことに気付いた。このアパートで飼ったらひよこのうちはよくてもそのうち鳴くようになったときに近所迷惑になってしまうだろう。卵から孵すというのが目的なのだから食べるのでもいいかもしれないけれど、大きくないと食いでがないだろうし大きくなるとそれまでの鳴き声が問題になるだろう。そもそも大きくなるまで育てたやつを食べられる性格だろうか。自分のことだけどよくわからない。もう少し考えてからやり始めればよかった。
二週間ほど経った。数日前からの違和感に今思い至った。卵が大きくなっている。そんなはずはないだろうと思うけれど、やっぱり水槽と比較して卵の占める割合が大きくなっている。
最初の大きさなんて覚えてないし当然測ったりもしていないから調べてみたところ、六センチほどと書いてあるところがあったりLLサイズなら七センチには届かないくらいとわかる写真があったりというくらいならわかった。けれどこの卵は十二センチほどある。何か他の卵を買ったのだろうかと考えてみるけれど、確かにスーパーに置いてあった有精卵だから鶏以外の卵である可能性は低いだろう。そもそも卵はそれ自体が大きくなるものではないし、あのとき周りにあった無精卵を見ても買った有精卵が大きかった記憶はないから最初から大きかったのでもなくなぜか大きくなっているんだろう。
二十一日経った。鶏の卵ならもうそろそろ生まれるはずだろう。大きさは十五センチを普通に超えている。家にある定規は十五センチのものだけだからそれ以上を正確には測れない。横置きだから水槽にまだ余裕はあるけれど、縦に置こうとするならもうすぐ水槽に収まりきらなくなるくらいの大きさになっている。
これにはどんな化け物が入っているのだろう。きっと化け物ではあるんだろう。けれど理性が化け物などいないと言ってくる。なんでこんなに大きくなってしまったのだろう。割ろうにも覚悟ができない。ここまで育ててしまったから。
二十三日目、まだ大きくなっている気がする。今度こそ割ろうとゴミ袋の中に入れて、とりあえず机の角に打ち付けてみる。ごん、ごん……。数度やってみても割れることはない。トンカチとかでもっと強く叩かないといけないのだろうか。
結論、そんなことはできない。こんなにかたい殻から出てくる化け物は手に負えない。捨ててしまおう。このゴミ袋のまま他のゴミに紛れさせるようにしてゴミ置き場に出す。生ゴミとしてすぐ出せるように今日にしたんだから割れてなくても同じはずだ。ちゃんと回収されますように。回収される前に孵って環境破壊という馬鹿げた考えが頭を過ったけれど、この化け物がどこで孵っても何かを壊してしまうだろうし考えないことにする。
捨ててから三日経った。ゴミ収集場で何かあったというような噂はない。きっとちゃんとほかのものと混じってゴミとして処理されたんだろう。下水処理場から変な声のようなものが聞こえるという噂があるけれど、こっちは関係ないだろう。
水槽をもうそろそろ片付けなきゃいけないとぼんやりしていると窓を一定間隔でこん、こんと叩く音がする。何の音だろう。ベランダ側だし一階じゃないから当然誰か人が来て叩いているということではないだろう。風で何かがあたっているだろうか。けれど当たるようなものに心当たりがない。カーテンを開けて見てみる。また大きくなったあの卵がいた。どうして。いやそもそも殻が大きくなる時点で意味がわからなかったのだから、殻のまま動いても同じことだろう。窓を開けて手に取る。ぱきぱきと軽い音がする。殻が割れている。そんな、だってあんなにかたかったのに、こんな軽い音で割れるような殻じゃなかったのに。出てくる。いやだ。見たくない。とり落とす。目の前が暗くなる。もう何も感じない。
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